ルイス・フィーザー

ルイス・フレデリック・フィーザーは、20世紀を代表するアメリカ合衆国の有機化学者の一人です。1899年に生まれ、1977年にその生涯を閉じるまで、ナパームの発明をはじめ、ビタミンKの合成、ステロイド化学、抗マラリア薬の開発など、幅広い分野で革新的な研究を行いました。

初期の経歴と学術的背景
オハイオ州コロンバスで生まれたフィーザーは、ウィリアムズ大学で化学を学び、1920年に学士号を取得しました。その後、ハーバード大学に進学し、著名な化学者ジェームズ・コナントの指導のもと、キノンの酸化還元電位に関する研究で1924年に博士号を取得しました。博士号取得後は、ヨーロッパに渡り、イギリスのオックスフォード大学やドイツのフランクフルト大学で博士研究員として国際的な研究経験を積みました。1925年からはブリンマー大学で教鞭を執り、そこで後に共同研究者としても重要な役割を果たす妻マリー・フィーザーと出会います。数年後、母校であるハーバード大学に戻り、助教授、そして教授として研究と教育に力を注ぎ始めました。

多岐にわたる研究分野
フィーザーの科学者としての功績は多岐にわたります。

ビタミンKの研究: 1930年代後半、彼は血液を固める働きに関わるビタミンKの構造決定と合成に精力的に取り組みました。当時の世界的な競争の中、彼は1939年頃にはビタミンKの合成を達成し、その成果を発表しました。この業績はノーベル生理学・医学賞の候補となるほどでしたが、最終的にこの分野での受賞は別の研究者にもたらされました。
ステロイド化学: また、彼はステロイド化学の分野でも先駆的な研究を行いました。特に、副腎皮質ホルモンであるコルチゾンの化学合成への道を開く重要な研究を進め、後にマックス・ティシュラーらによって実用的な大量合成法が確立される基礎を築きました。
抗マラリア薬: マラリア治療薬としてのキノン類の合成・探索も彼の重要な研究テーマでした。
多環芳香族炭化水素: 発がん性などを持つ多環芳香族炭化水素の性質に関する研究も行い、その化学的な理解に貢献しました。

ナパームの発明とその関与
フィーザーの業績の中で、最も知られていると同時に物議を醸したのがナパームの開発です。第二次世界大戦中の1943年、彼はガソリンをゲル状にし、燃焼持続性を高める添加剤であるナパームを開発し、その実用化を主導しました。1942年にはハーバード大学のグラウンドで最初の野外実験を行っています。彼はまた、第二次世界大戦中に計画された、コウモリにナパームを装着して日本を攻撃するという奇抜な「プロジェクト・Xレイ」にも関与しました。この計画のために、彼の配合に基づいたナパームが製造されましたが、コウモリの制御は困難であり、テスト中に予期せぬ問題が発生したため、実戦投入には至りませんでした。ナパーム弾が兵器として国際的な非難を浴びるようになったのは、その後のベトナム戦争において大量に使用された時でした。ナパーム開発者としての責任について問われた際、フィーザーは「責任を感じることはない」と発言したと伝えられています。

教育者、著者、そして残した名前
フィーザーは教育者としても熱心であり、ドナルド・クラムを含む多くの優れた化学者を育成しました。特に、妻であり長年の共同研究者であったマリー・フィーザーとは、数多くの化学の教科書や参考書を共著しました。中でも、有機合成に用いられる重要な試薬を体系的にまとめた叢書『Reagents for Organic Synthesis』は、「フィーザー・アンド・フィーザー」として世界中の有機化学者に広く利用されています。彼の功績を称え、特定の化学反応や操作に用いられる二つの試薬が「フィーザー試薬」（有機化合物の酸化に用いる酸化クロム(IV)の酢酸溶液）と「フィーザー溶液」（気体中の酸素を除去するための特殊な水溶液）としてその名を冠しています。

社会への関与と晩年
研究活動に加え、フィーザーは社会的な問題にも関心を寄せました。1962年にはアメリカ合衆国公衆衛生局長官の諮問委員会のメンバーとなり、1964年に発表された「喫煙と健康」に関する歴史的な報告書の作成に貢献しました。彼自身も長年タバコを愛用するチェーンスモーカーでしたが、1965年に肺がんと診断されたことを機に禁煙し、病から回復した後は喫煙の危険性について積極的に啓蒙活動を行いました。1968年にはハーバード大学の名誉教授となり、その後も執筆活動などを続けました。

ルイス・フレデリック・フィーザーは、多岐にわたる有機化学の分野で重要な発見と発明をなし遂げただけでなく、優れた教育者、そして社会的な影響力を持つ科学者として、その名を歴史に残しています。1963年にはウィリアム・H・ニコルズ賞を受賞しています。

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