ルイス島のチェス駒

ルイス島のチェス駒：中世の神秘と芸術

スコットランド北西部のルイス島で1831年に発見された78個のチェス駒は、世界的に知られる中世の工芸品です。精緻な彫刻と、その歴史的背景から、考古学や美術史研究において貴重な資料となっています。これらの駒は、12世紀頃に制作されたと推定されており、そのほとんどがセイウチの牙から作られています。中には、クジラの歯で作られた駒も含まれています。

駒の種類と特徴

78個の駒は、王8個、王妃8個、司教16個、騎士15個、ルーク12個、歩兵19個と、現代のチェスセットとは異なる構成になっています。特に歩兵が19個と多いことから、複数のセットが合わさって発見された可能性が示唆されています。駒のサイズはさまざまで、最大の王の高さは10.6cm、最小の歩兵は4cmです。

歩兵は他の駒と比べて小さく、抽象的な形状をしていますが、それ以外の駒はすべて具象的な人型で表現されています。王は王冠をかぶり、剣を膝に置いて玉座に座った姿で、王妃も同様に王冠をかぶり玉座に座っていますが、剣を持たずに片手を頬に当てています。司教は司教冠と司教杖を持ち、一部には本を持っていたり、椅子に座っていたりする駒も存在します。興味深いことに、司教の駒にはゾウを示唆する要素は一切見られません。

騎士は鎧兜を身に着け、槍と盾を構え、不釣り合いなほど小さな馬に乗っています。ルークは現代の塔や城を模したものではなく、剣と盾で武装した兵士や番兵の姿をしています。特に12個のルークのうち4個は、目を大きく見開き、盾に噛みつくような迫力のある表情をしています。

駒はすべて白色に見えますが、発見当初は一部の駒が赤色に着色されていた痕跡が見つかっており、中世のチェスでは駒を紅白に塗り分けていた可能性が示唆されています。研究者たちは、これらの駒の表情が現代の視点からは滑稽に見えることを認めていますが、制作者たちは力強さや凶暴性、あるいは熟慮や賢明さを表現しようとしたと考えられています。

制作場所と時期

「ルイス島のチェス駒」と呼ばれていますが、実際にはルイス島で作られたものではなく、ノルウェーのトロンハイム近郊の工房で制作された可能性が高いとされています。これは、駒の彫刻様式がスカンジナビアの彫刻と類似していること、そして司教冠の形状から、1113年から1175年の間に制作されたと推定されています。

駒の所有者については不明な点が多く、当時アウター・ヘブリディーズ諸島がノルウェーの支配下にあったことから、ノルウェーからアイルランドへの移動中に紛失した可能性や、交易のための在庫品であった可能性などが考えられています。なお、チェス駒とともに、セイウチの牙で作られたすごろくの駒やベルトのバックルなども発見されています。

発見と所有者の変遷

1831年初頭、ルイス島の砂丘で発見されたこれらの駒は、発見者から古物商を経て、スコットランド古物協会や大英博物館、そしてスコットランド国立博物館へと所有者が移り変わってきました。現在、大英博物館が67個、スコットランド国立博物館が11個を所蔵しており、2019年には新たに1個が発見されたという報道もありました。

返還論争とレプリカ

近年、ルイス島のチェス駒の所有権や展示場所をめぐる論争が起こりました。スコットランド側は、発見地であるルイス島への返還を訴えましたが、大英博物館側は、重要なコレクションであるとして、これを拒否しました。その一方で、巡回展などが開催されるなど、議論は継続しています。その知名度と人気から、今日でも多くのレプリカが作られており、世界中で親しまれています。

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