ルシン人

ルシン人：東ヨーロッパの複雑なアイデンティティ

ルシン人とは、東ヨーロッパを中心に居住するスラヴ系民族集団です。ルシン語と呼ばれる、ウクライナ語の方言とされる言語を話す人々であり、その歴史とアイデンティティは、複雑な民族的、政治的背景と深く結びついています。

ルシンの歴史と民族意識の形成

19世紀から20世紀初頭にかけて、ルーシ人と呼ばれる人々の間で「ウクライナ人」としての民族意識が芽生え、広がっていきました。しかし、ルシン人はこの流れに当初は加わりませんでした。これは、彼らが独自の言語と文化を維持し、異なる民族アイデンティティを形成してきた歴史的背景によるものです。

ソビエト政権下（1945年以降）では、カルパチア地方などで「ルシン人」という名称の使用が禁止されました。ポーランドやチェコスロヴァキア（1950年代前半まで）でも同様の状況が見られました。こうした政治的な抑圧が、ルシン人の民族意識の明確化を阻害した側面があります。

現在では、スロヴァキア、ポーランド、ハンガリー、チェコ、セルビアといった国々がルシン人を公式に少数民族として認めています。ウクライナにおいても、2007年にザカルパッチャ州で初めて独立した民族として認められました。しかし、ウクライナ国内のルシン人の多くはウクライナ国籍を持ち、ウクライナ人としての民族意識を強く持っていることが現状です。一方、ルシン人としてのアイデンティティを明確に意識している人々は、ウクライナ国外に多く住んでいるとされています。

人口と民族分類をめぐる議論

ルシン人の総人口は約120万人と推定されていますが、自らをルシン人であると認識している人の数は5万5千人に留まると言われています。この数字の開きが示すように、ルシン人の民族分類をめぐっては様々な議論があります。

一部では、ルシン人を広義のルーシ人、すなわちロシア人、ウクライナ人、ベラ[[ルーシ人]]と並ぶ独立した東スラヴ人の一派とする見解があります。他方では、ウクライナ人の下位集団として位置づける見解も存在します。この違いは、ルシン語がウクライナ語の方言と見なされるか、それとも独立した言語と見なされるかといった言語学的議論にも関係しています。また、歴史的、政治的文脈も、この議論を複雑にしています。

ルシンの現状と課題

ルシン人は、それぞれの居住国において独自の文化や伝統を守りながら生活しています。しかし、その一方で、民族としてのアイデンティティを維持していくための課題にも直面しています。

近年のグローバリゼーションや民族間の交流の進展は、ルシン人の文化や言語の維持に影響を与えている可能性があります。また、政治的、経済的状況の変化も、彼らの生活や社会的地位に影響を与え続けています。

ルシン人の歴史と現状を理解するためには、単に人口統計や政治的分類にとどまらず、彼らの言語、文化、そして複雑な民族意識の形成過程を多角的に理解する必要があります。今後の研究によって、ルシン人のアイデンティティに関する理解がさらに深まることが期待されます。

関連文献

服部倫卓, 原田義也 編『ウクライナを知るための65章』明石書店〈エリア・スタディーズ〉、2018年
貞包和寛『ウクライナ、ルシン、レムコの多層的な関係』

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