ルドルフ・ゼルキン
ルドルフ・ゼルキン(Rudolf Serkin、
1903年3月28日 -
1991年5月8日)は、20世紀における最も重要な
ピアニストの一人として広く認識されています。現在のチェコ共和国にあたる
ボヘミア地方のヘプ(ドイツ語名:エーゲル)に、ロシア系ユダヤ人の家庭に生まれました。若くからその非凡な才能を示し、
ヴァイオリニストのアドルフ・ブッシュとの共同作業を通じて、その名は早くからヨーロッパ楽壇に響き渡りました。
ピアノ独奏、室内楽、そしてオーケストラとの
協奏曲において、数多くの歴史的な録音を残しています。
経歴
1903年、
ボヘミアのエーゲルで誕生。幼少期に
ウィーンへ移り住み、音楽の専門教育を受けました。
ピアノ演奏技法に加え、
作曲も学び、著名な
作曲家
アルノルト・シェーンベルクに師事しています。1915年、わずか12歳で
ウィーン交響楽団とメンデルスゾーンの
ピアノ協奏曲を共演し、公式なデビューを飾りました。17歳となった1920年には、高名な
ヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュのデュオ・パートナーとして選ばれ、以降、ヨーロッパ各地で精力的な演奏活動を展開します。この深い音楽的絆は、やがてブッシュの娘イレーネとの結婚へと発展しました。1936年には、巨匠
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮する
ニューヨーク・フィルハーモニックとの共演により、アメリカでのデビューを果たします。
1939年、緊迫するヨーロッパ情勢(ナチスの台頭)を避けアメリカ合衆国へ移住しました。渡米後はフィラデルフィアにある
カーティス音楽院で長きにわたり後進の指導にあたります。1951年には、フルート奏者のマルセル・モイーズらと共に、著名なマールボロ音楽学校および音楽祭をヴァーモント州に設立し、その中心的指導者・主宰者として、アメリカの音楽界に多大な貢献をしました。その功績は高く評価され、1978年には
エルンスト・フォン・ジーメンス音楽賞を受賞しています。
1991年、アメリカのヴァーモント州ギルフォードにて生涯を閉じました。
演奏と音楽観
ルドルフ・ゼルキンの芸術は、特にモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスといったドイツ語圏の
作曲家の作品演奏において、その真価を発揮しました。彼はドイツ音楽の揺るぎない伝統を受け継ぐ存在と見なされ、とりわけベートーヴェンの
ピアノ作品に対する深い洞察と力強い表現は、他の追随を許さないものとして高く評価されています。その一方で、彼は自身の録音に対しては非常に厳格な姿勢で臨みました。例えば、
コロムビア・レコードからの熱心な要望があったにもかかわらず、ベートーヴェンの
ピアノソナタ全曲のスタジオ録音を完成させることはありませんでした。晩年には、テラーク・レーベルにて
小澤征爾指揮のボストン交響楽団とベートーヴェンの
ピアノ協奏曲を、また
ドイツ・グラモフォンに
クラウディオ・アバド指揮のロンドン交響楽団とモーツァルトの
ピアノ協奏曲を録音するなど、次世代の指揮者たちとの共演も行っています。ゼルキンの初期の貴重な録音の多くは長らく入手困難となっていましたが、生誕100周年を迎えた2003年には、ソニー・クラシカルより相当数の音源が復刻され、再び聴衆の耳に届けられました。さらに、オルフェオなどのレーベルからは、過去のライブ録音が時折リリースされており、特に
ラファエル・クーベリック指揮のバイエルン放送交響楽団とのベートーヴェンの
ピアノ協奏曲全集ライブ録音は、彼の情熱的な演奏を伝えるものとして高い評価を得ています。
家族および関連人物
息子のピーター・ゼルキンもまた著名な
ピアニストとして活動しています。ルドルフは、ピーターが幼い頃、彼の親しい友人であったカール・ウルリッヒ・シュナーベル(高名な
ピアニスト、アルトゥール・シュナーベルの息子)に
ピアノの手ほどきを依頼しました。また、ピーターが
ピアニストとして歩み始めた後、ルドルフは指揮者の
小澤征爾に対し、息子を見守り導いてくれるよう頼んだとされています。この出来事をきっかけに、ルドルフ・ゼルキンと
小澤征爾の間には長い友情が育まれました。
主な録音・映像・伝記
主要録音集としては、ソニー・クラシカルより2017年に発売された「Rudolf Serkin - The Complete Columbia Album Collection」があります。
映像としては、1989年にCBS/Sonyが制作した
小澤征爾に関するドキュメンタリー映画「Ozawa」(メイゼルス兄弟監督)の中で、
小澤征爾とのリハーサルから演奏会に至る様子が収められています。
* 伝記としては、Stephen LehmannとMarion Faberによる「Rudolf Serkin: A Life」(Oxford University Press, 2002年刊)が出版されています。