ルーベン・ハーシュ

ルーベン・ハーシュ

ルーベン・ハーシュ（Reuben Hersh, 1927年12月9日 - 2020年1月3日）は、アメリカ合衆国の著名な数学者であり、ニューメキシコ大学の名誉教授でした。彼は単に数学の理論を展開するだけでなく、「数学とは一体何なのか」「社会においてどのような役割を果たすのか」といった根源的な問いを探求した著作で広く知られています。彼の思想は、当時の数学哲学における主流の見解に疑問を投げかけると同時に、その理解を深めるための重要な視点を提供しました。

生涯

ハーシュの学術的な道のりはユニークなものでした。1946年に名門ハーバード大学で取得したのは、意外にも英文学の学士号でした。卒業後、彼は約10年間という期間、一般向けの科学雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』で執筆活動を行いながら、同時に機械工としても働いていました。この異色のキャリアを経て、彼は数学の世界へと深く入り込みます。

数学への本格的な転身を果たした後、1962年にはニューヨーク大学で数学の博士号（Ph.D.）を取得しました。この時、彼の指導教官を務めたのは、著名な数学者であるピーター・ラックスでした。博士号取得からわずか2年後の1964年、彼はニューメキシコ大学に着任し、以来、この地を拠点として研究と教育に貢献しました。

研究と思想

数学者としてのハーシュは、偏微分方程式、確率論、ランダムな現象、線型写像に関する方程式など、数学の広範な分野で多数の専門論文を発表しています。しかし、彼の貢献が特に際立っているのは、数学そのものの性質や哲学に関する考察です。

彼は、数学を単なる形式的な記号操作や論理体系としてだけでなく、人間社会における生きた営み、文化的な実践として捉え直すべきだと主張しました。このような視点は、数学の厳密さや客観性を重んじる伝統的な数学観に対し、新たな解釈を加えるものでした。彼の考え方は、イムレ・ラカトシュの「発見の論理」や、ジョージ・レイコフの認知的な数学観（『数学はどこから来たか』で展開されたものなど）とも共通する部分があり、数学の構築プロセスやその人間的な側面を重視する流れに位置づけられます。

彼はその思想を多くの著作や記事で発表しました。特に、長年にわたり『サイエンティフィック・アメリカン』に4つの記事を、そして数学者向けの啓蒙誌である『マスマティカル・インテリジェンサー』には12もの記事を寄稿しており、専門家から一般読者まで幅広い層に自らの考えを伝えてきました。

主な著作

ルーベン・ハーシュの著作の中でも、特に重要な位置を占めるのが、フィリップ・J・デイヴィスとの共著である『数学的経験（The Mathematical Experience）』です。1981年に発表されたこの著作は、数学の内奥に迫るとともに、数学が人間の営みといかに深く結びついているかを描き出し、数学界の内外で大きな反響を呼びました。その革新性と洞察が高く評価され、1983年度には権威ある全米図書賞を受賞しました。この受賞は、専門分野の著作としては異例の快挙であり、彼らの数学観が広く受け入れられたことを示しています。

その他の主な著作には以下のようなものがあります。

The Mathematical Experience (フィリップ・デイヴィスとの共著, 1981年) - 『数学的経験』（邦訳：森北出版, 1986年）
Descartes' Dream: The World According to Mathematics (フィリップ・デイヴィスとの共著, 1986年) - 『デカルトの夢』（邦訳：アスキー, 1988年）
What Is Mathematics, Really? (1997年)
18 Unconventional Essays on the Nature of Mathematics (編著, 2006年)
* Loving and Hating Mathematics (ヴェラ・ジョン＝スタイナーとの共著, 2008年)

これらの著作を通じて、ハーシュは数学が単なる形式的な学問ではなく、歴史、文化、そして人間の認知と深く結びついた生きた営みであることを一貫して主張しました。

ルーベン・ハーシュは、2020年1月3日にニューメキシコ州でその生涯を閉じました。享年92歳でした。彼の数学の哲学に対する貢献は、今なお多くの数学者や哲学研究者に影響を与え続けています。

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