レチナ

レチナ：35mmカメラを大衆へ広めたドイツコダックの傑作

1934年、ドイツコダック（当時ナーゲル社）は、画期的な35mmカメラ『レチナ』を発表しました。「レチナ」とはドイツ語で網膜を意味し、その名の通り、鮮明な画像を捉える性能の高さを示唆しています。当時、ライカが成功を収めていた24×36mm判カメラ市場は、ライカやツァイス・イコンのコンタックスといった高級機が独占していました。高価なこれらのカメラとは対照的に、レチナは、大衆が手軽に購入できる価格帯と、コンパクトなボディサイズを実現した画期的な製品でした。

ナーゲルの創設者であるアウグスト・ナーゲルの構想により誕生したレチナは、カール・ツァイス製テッサーやシュナイダー・クロイツナッハ製クセナーといった当時最高峰のレンズ、そしてデッケル製の堅牢なコンパーシャッターなど、質の高い部品を採用していました。これら高品質なパーツにもかかわらず、レチナの価格は同時代のライカやコンタックスと比較して圧倒的に安価でした。1934年の発売時の価格はドイツ本国で75マルクと、ライカIIIa（307マルク）やコンタックスII型（360マルク）と比べても、その差は歴然としていました。日本においても、レチナはライカやコンタックスと比べて大幅に低価格で販売され、大衆の手に届く製品として人気を博しました。

レチナの登場は、それまで映画用として用いられていた35mmフィルムを静止画撮影に本格的に普及させるきっかけとなりました。この革新的なデザインコンセプトは、バルダやウェルタといった多くのカメラメーカーに追随され、35mmカメラ市場における大きな転換点となりました。

レチナシリーズの多様なモデル

レチナは、ファインダーのみのレチナIシリーズ、連動距離計を備えたレチナIIシリーズ、さらに露出計と距離計を統合したレチナIIIシリーズなど、多様なモデルを展開しました。また、一眼レフカメラであるレチナレフレックスシリーズや、126フィルムを使用するインスタマチックレフレックスなども存在します。それぞれのモデルには、独自の機能やデザインが盛り込まれており、ユーザーのニーズに合わせた幅広い選択肢が提供されていました。

レチナIシリーズは、初期モデルである#117から、二重露出防止機構を搭載した#148、戦後の#010、そして近代的なデザインの#013など、様々なバージョンが存在します。シャッターにはコンパーやコンパーラピッドが使用され、レンズはクセナー、エクター、テッサーなど、複数のメーカーのレンズが採用されていました。

レチナIIシリーズは、連動距離計を搭載したモデルです。初期モデルである#122は特殊なレバー式巻き上げを採用していましたが、後のモデルでは一般的なノブ式巻き上げに変更されています。レチナIIaは、距離計がファインダーと一体となったモデルであり、高い人気を誇りました。

レチナIIIシリーズは、連動距離計とセレン光電池式露出計を備えた、より高度な機能を持つモデルです。近代的なデザインと高い操作性を両立し、多くのプロカメラマンからも支持を集めました。

レチナレフレックスシリーズは、一眼レフカメラとして開発され、ツァイス・イコンのコンタフレックスと競合しました。ミラーはフィルム巻き上げまで上がりっぱなしという構造上の特徴がありました。レチナレフレックスS、レチナレフレックスIII、レチナレフレックスIVと、モデルが進化するにつれて、機能や操作性が向上しています。

さらに、レチナオートマティックシリーズは、シャッター優先AEを搭載した先進的なモデルとして登場しました。レチナインスタマチックレフレックスは、126フィルムに対応した一眼レフカメラです。

レチナ式巻き上げレバーとカウンターセット

レチナIa/IIaで初めて採用されたボディ上蓋のレバーによるフィルム巻き上げ方式は、「レチナ式」と呼ばれ、後のカメラ設計に大きな影響を与えました。また、一部モデルには逆算式フィルムカウンターが搭載されており、カウンターが1になるとそれ以上巻き上げができなくなるため、注意が必要です。

デッケルマウント交換レンズ

レチナIIS、レチナIIIS、レチナレフレックスシリーズの一部モデルなどでは、デッケルマウントによるレンズ交換が可能なモデルがあり、ユーザーは撮影状況に合わせてレンズを選択することができました。シュナイダー・クロイツナッハやローデンストックなど、複数のメーカーから多様なレンズが供給されており、広角から望遠まで幅広い撮影に対応することが可能でした。

レチナの遺産

レチナは、その優れた性能と手頃な価格、そして革新的なデザインにより、35mmカメラの普及に大きく貢献しました。多くのカメラ愛好家に愛され、現在でもコレクターアイテムとして高い人気を誇っています。その技術的な革新性と、大衆へのカメラ普及への貢献は、現代のカメラ技術の発展にも大きな影響を与え続けています。

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