ロジェー・ワーグナー

ロジェー・ワーグナー

ロジェー・ワーグナー（Roger Wagner, 1914-1992）は、20世紀のアメリカにおいて、特に合唱音楽の分野で多大な影響を与えた指揮者です。自ら二つの重要な合唱団体、ロジェー・ワーグナー合唱団とロサンゼルス合唱団を創設し、その芸術監督として長年にわたり活躍しました。彼の活動は、アメリカにおけるプロフェッショナルな合唱のあり方を確立する上で、極めて重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

生涯と活動

ロジェー・ワーグナーは1914年1月16日、フランス中部、オーヴェルニュ地方のル・ピュイ・アン・ヴレに生まれました。音楽的な家庭環境で育ち、ディジョンで教会オルガニストを務めていた父から、幼少期より本格的な音楽教育を受けました。この早期からの厳しい訓練が、後の彼の音楽家としての基盤を築きました。

1921年、ワーグナー一家はアメリカ合衆国のロサンゼルスへ移住します。新しい環境に順応しながらも音楽への情熱は冷めやらず、12歳にしてハリウッド西部にある教会でオルガニストを務めたいと自ら申し出るほどでした。これが、音楽家として生きていくという彼の決意を固める契機となります。

アメリカでの基礎教育を終えた後、さらなる音楽的、学術的な深化を目指し、1931年に一時フランスへ戻ります。パリ近郊のモンモレンシー大学で学び、高名なオルガニストで作曲家であるマルセル・デュプレに師事し、演奏技術や音楽理論の研鑽を積みました。このフランス滞在期間には、フランス陸軍に従軍するという稀有な経験もしており、1936年のベルリンオリンピックでは十種競技のフランス代表候補に選ばれるという、音楽とは異なる分野での才能も見せています。

1937年にアメリカへ戻り、ロサンゼルスを拠点に活動を始めました。カリフォルニア大学で哲学とフランス文学を学びながら、音楽活動も本格化させます。ハリウッドの著名な映画製作会社MGMの合唱団に参加する傍ら、ロサンゼルスのセント・ジョセフ教会の音楽監督に就任するなど、多方面でその才能を発揮し始めました。

彼のキャリアにおいて特筆すべきは、合唱団の創設と育成です。1945年にはロサンゼルス青年合唱団の監督に就任しました。当初は12名の小規模な五声部合唱団（マドリガル）でしたが、翌1946年には自らの名を冠した「ロジェー・ワーグナー合唱団」として再出発させます。この合唱団は、その優れた演奏技術と幅広いレパートリーで、後に国際的な名声を得ることになります。

教育者としても熱心であり、1951年から1966年までロサンゼルスのメリーマウント・カレッジで音楽部長を務め、1959年から1981年の長きにわたり、カリフォルニア大学でも教鞭を執り、多くの後進を育成しました。

1964年、ロサンゼルス音楽センターの開館に合わせて、ロサンゼルス商工会議所の有志と共に新たなコーラス・アンサンブルを結成しました。これが後に、ロサンゼルス・フィルハーモニックの専属合唱団として知られる「ロサンゼルス合唱団」へと発展しました。ワーグナーは両合唱団を率い、古典から現代までの多岐にわたる合唱作品を精力的に演奏しました。

その功績は国際的にも認められ、1966年にはローマ教皇パウロ6世から騎士の称号を授与されました。また、指揮活動だけでなく、合唱編曲の分野でも才能を示し、1976年までに64枚のレコードを制作するなど、録音活動も活発に行いました。彼の編曲作品は、日本の音楽之友社からも『ロジェ・ワーグナー合唱曲集』として全6巻が出版され、日本の合唱界にも紹介されています。

ロジェー・ワーグナーは1992年9月17日、故郷フランスのディジョンにて、78歳でその生涯を閉じました。彼は、合唱指揮者として、教育者として、そして合唱音楽の普及に尽力した人物として、20世紀アメリカ合唱史にその名を刻んでいます。

主な業績

ロジェー・ワーグナー合唱団創設・指揮
ロサンゼルス合唱団創設・指揮
メリーマウント・カレッジ音楽部長
カリフォルニア大学教授
多数の録音と合唱編曲
ローマ教皇庁からの叙勲

彼の遺した功績は、現在もアメリカのみならず世界の合唱界に影響を与え続けています。

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