ロッテお家騒動

ロッテグループを長年にわたり支配してきた創業家で勃発した経営権争いは、単なる一族内の対立を超え、社内不正の発覚や日韓間の微妙な関係に波紋を広げた一大騒動である。創業者である重光武雄氏は、それまで企業家として手腕が評価されてきたが、晩年にはこの騒動がその評価に影を落とした。

争いの始まり

騒動の発端は、2013年頃に遡る。重光武雄氏の長男である重光宏之氏が、父に無断で韓国ロッテの主要企業であるロッテ製菓の株式を密かに買い増していたことが明らかになった。これが父である重光武雄氏の強い不興を買ったとされる。これを機に、創業家の内部での不和が表面化し、2014年末から2015年初頭にかけて、宏之氏は日本ロッテの要職、具体的にはロッテ商事など3社の取締役やロッテホールディングスの副会長といった地位から次々と解任されていった。

後継者を巡る対立と昭夫氏の権力掌握

同時期、重光武雄氏は、次男である重光昭夫氏の経営手腕に対しても厳しい評価を下していた。特に、昭夫氏が無断で行った中国での大規模投資が約1000億円にも上る巨額の赤字を出したにも関わらず、その事実を隠蔽していたことを問題視し、経営能力がないとして昭夫氏に引退を促す意向を示したとされる。

しかし、重光昭夫氏は取締役会や株主総会での議決権において過半数の支持を確保しており、状況を覆した。2015年7月15日には、父の意向に反するかたちで、ロッテホールディングスの代表権が付与された代表取締役副会長に就任。それまで日本は宏之氏、韓国は昭夫氏という形で分かれていたグループの日韓両事業の経営権を自身の元に統合すべく、宏之氏を追放する体制を固めた。

クーデターの試みとその失敗

こうした昭夫氏主導の動きに対し、解任された宏之氏と、昭夫氏に不満を持つ武雄氏が突如連携し、反攻に出た。2015年 7月27日、武雄氏と宏之氏がロッテホールディングス本社に現れ、昭夫氏を含む現経営陣の解任を迫るという異例の行動に出た。これは事実上のクーデターの試みであったが、成功には至らなかった。その後の8月17日に開催された臨時株主総会でも、重光昭夫氏を中心とする現経営陣の体制が改めて承認され、このクーデターは失敗に終わった。

宏之氏の反撃と韓国での波紋

クーデターに失敗した宏之氏は、メディアを通じて自らの正当性を訴える戦略に転じた。重光武雄氏が重光昭夫氏を厳しく非難する内容を収めた映像をテレビ局に提供するなどして、自身が正当な後継者であることを主張した。宏之氏の陣営には、重光武雄氏の弟である辛善浩氏らが加わり、韓国メディアに対し宏之氏が後継者であるとの考えを表明した。これに対し、韓国ロッテグループを構成する37社の社長らが連名で重光昭夫氏を支持する声明を発表するなど、韓国国内でも事態は拡大した。

この騒動は、韓国社会で単なる企業内抗争に留まらず、「ロッテは日本企業か、韓国企業か」というナショナリズムを絡めた論争へと発展した。特に、重光宏之氏が韓国メディアの取材に日本語で対応したことなどがきっかけとなり、韓国国内でロッテ製品の不買運動が発生する事態となった。また、韓国ロッテグループの主要企業であるホテルロッテの株式の大半が日本の法人によって保有されている事実や、日本ロッテグループが韓国ロッテグループから多額の配当金を受け取っていたことなどが改めて問題視され、批判の的となった。これを受けて、韓国政府も動き出し、韓国公正取引委員会が政府や与党と協議の上、国内の大企業グループに対し、海外の系列企業の株式保有状況などを公表するよう求める方針を固めるに至った。

裏金疑惑と捜査

2016年に入ると、グループ全体で巨額の裏金が不正に捻出され、オーナー一族の関連会社を不当に支援していたなどの新たな疑惑が浮上した。韓国検察当局は、ロッテグループ本社や子会社など約30カ所に対する大規模な家宅捜索を実施した。重光宏之氏はこの状況に注目し、公開質問状を送るなどして重光昭夫氏を攻撃した。同年6月25日に開催されたロッテホールディングスの定時株主総会では、重光昭夫氏の解任を求める議案が提出されたが、過去10年で最大の利益を出すなどの経営成果を上げていた昭夫氏への株主の支持は厚く、解任案は否決された。

検察当局は、グループが重光武雄氏や重光昭夫氏の指示のもと、数百億円以上ともいわれる裏金を作っていたと疑い、捜査を進めた。同年9月時点では、関与を裏付ける明確な証拠は得られていないとされたが、8月には韓国ロッテの副会長が捜査に関連して自死するという悲劇的な出来事も発生している。

2016年10月19日、ソウル中央地検は、一連の疑惑に関連して、背任や横領などの容疑でロッテグループ創業一族3人を含む幹部18人を在宅起訴した。逮捕者も含めると、総勢24人が起訴されるという異例の事態となった。さらに、朴槿恵大統領（当時）の親友であった崔順実氏に関連する財団に、韓国ロッテや重光昭夫氏が資金を提供していたという疑惑も浮上し、捜査の対象となった。

創業者の有罪と父の死後も続く争い

2017年10月、創業者である重光武雄氏自身も、一連の背任などの罪で懲役4年と罰金35億ウォンの判決を受けた。しかし、高齢であることを考慮され、収監は免れた。

2020年1月に重光武雄氏が死去した後、重光昭夫氏はロッテホールディングスの会長に就任した。しかし、争いはここで終わりではなかった。重光宏之氏は同年4月、有罪判決を受けた人物が会長やオーナーに就任することの是非を問い、重光昭夫会長の解任を求める株主提案を再び提出した。さらに、同年7月には、有罪判決が確定した人物が取締役を続けることは、法令順守の観点から許されないとして、重光昭夫氏のロッテホールディングス取締役解任を求める訴訟を東京地方裁判所に提起するなど、法廷の場に移して争いを続けている。

この一連のロッテお家騒動は、巨大企業における創業家の支配構造とその権力継承の難しさ、さらには国際企業における国籍やナショナリズムの問題、そして企業統治のあり方など、多くの課題を浮き彫りにした出来事となった。

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