ロナルド・ドーア

ロナルド・フィリップ・ドーア：知日派社会学者の軌跡

ロナルド・フィリップ・ドーア（Ronald Philip Dore, 1925年 - 2018年）は、イギリスを代表する社会学者の一人であり、特に日本の社会、経済、そして資本主義の構造に関する深い研究で知られています。彼は単なる研究者としてだけでなく、日本文化や社会を深く理解する「知日派」としても国際的に広く認識されていました。その研究手法は、机上の空論ではなく、長期間にわたる現地での綿密な実地調査に裏打ちされており、その洞察力と理論構築能力は高く評価されています。ドーア博士の学術的貢献は、社会学の中心にとどまらず、経済学、人類学、歴史学、そして国際的な比較産業研究といった幅広い分野に大きな影響を与えました。

異文化理解への道のり

1925年、イングランド南部のボーンマスに生まれたロナルド・ドーアは、隣町のプール・グラマースクールで学びました。第二次世界大戦後の1947年、ロンドン大学で現代日本語を専攻し卒業。その後、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院（SOAS）でさらに日本語の研鑽を積みました。この日本語習得の経験が、彼のその後のキャリアの基礎となります。

彼の日本との最初の出会いは、1950年の神戸市への来日でした。この時の経験が、彼を日本研究へと深く導く決定的なきっかけとなります。帰国後、彼はSOASで講師を務める傍ら、ブリティッシュコロンビア大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス（LSE）といった著名な学術機関で教鞭を執り、研究を続けました。LSEでは准教授を経て社会学教授を務め、その後もサセックス大学開発理論研究所、テクニカル・チェインジ・センターなど、様々な研究機関で要職を歴任しました。さらに、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学（MIT）といった世界的に権威ある大学でも客員教授や准教授として研究・教育活動を展開し、国際的な学術交流にも大きく貢献しました。

日本社会と資本主義の比較研究

ドーア博士の研究の核心にあったのは、日本の経済システムや社会構造、そして他の先進国、特にアングロサクソン諸国との比較を通じた資本主義の多様性の解明でした。彼は、日本の企業構造、労使関係、教育制度、そして社会における「公」と「私」の関係といったテーマを深く掘り下げました。

彼の代表的な著作である『都市の日本人』（1958年の原著）や『江戸時代の教育』（1965年の原著）は、日本の伝統的な社会構造や歴史的文脈が現代社会に与える影響を分析した初期の重要な成果です。また、高度経済成長期からバブル経済期にかけての日英間の貿易摩擦を扱った『貿易摩擦の社会学イギリスと日本』や、日英両国の工場における労使関係を比較した『イギリスの工場・日本の工場労使関係の比較社会学』は、彼の比較研究の真骨頂を示しています。

彼は、市場原理を重視するアングロサクソン型の資本主義に対し、日本の長期的な雇用慣行や企業間の連携、教育システムなどが持つ独特の機能を評価し、『日本型資本主義と市場主義の衝突』などで、その持続可能性やグローバル化の中での位置づけについて鋭い考察を展開しました。晩年には、金融化が進む世界経済への警鐘を鳴らす『金融が乗っ取る世界経済』や、日本社会のあり方を問い直す『誰のための会社にするか』『幻滅外国人社会学者が見た戦後日本70年』といった著作を発表し、常に時代の変化に対する深い洞察を示しました。

学術的栄誉と日本との関わり

ドーア博士の学術的業績は国内外で高く評価されました。彼は1974年にイギリス学士院フェローに選ばれたほか、アメリカ芸術科学アカデミーの外国名誉会員、日本学士院の栄誉海外会員メンバーとなるなど、主要な学術団体からの承認を得ています。また、1977年には国際交流基金賞を受賞し、その長年にわたる日本研究の功績が称えられました。ロンドン大学名誉教授、同志社大学名誉文化博士、明治学院大学名誉博士といった多くの名誉称号も授与されています。

彼は単著だけでなく、加藤周一、深田祐介、大江健三郎といった日本の識者とも積極的に交流し、共著や対談集を出版しました。特に加藤周一との対談集『日本を問い続けて加藤周一、ロナルド・ドーアの世界』は、東西の知性が日本について深く語り合った記録として重要です。また、日本のジャーナリストや経営者など多様な分野の人物との対談をまとめた編著『日本との対話』や『日本を問う日本に問う』からも、彼の日本社会に対する旺盛な探求心と、対話を通じた理解を深めようとする姿勢がうかがえます。

テレビ番組への出演もあり、日本の高等教育や社会について自身の見解を述べたほか、NHKの「100年インタビュー」では、その長い研究人生と日本への思いを語りました。

ロナルド・フィリップ・ドーア博士は、2018年 11月13日、イタリアのボローニャにある病院で93歳でその生涯を閉じました。彼の残した膨大な著作と鋭い分析は、今なお日本の社会や経済、そしてグローバル化する世界の構造を理解する上で貴重な指針となっています。北海道大学附属図書館には、彼から寄贈された蔵書を収蔵する「ドーア文庫」があり、その学術的遺産は今後も多くの研究者に利用されていくことでしょう。

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