ロボット三等兵

前谷惟光が手がけた日本の漫画作品、『ロボット三等兵』は、第二次世界大戦下の旧日本陸軍という特異な舞台背景を持つ異色のコメディ漫画です。架空の存在であるロボットが軍人として入隊し、様々な騒動を引き起こす様を描きながらも、その根底には戦争や軍隊生活に対する鋭い批判が潜んでいます。

作品概要と作風

物語の主人公は、文字通り「ロボット」です。しかし、同時代の手塚治虫作品の主人公『鉄腕アトム』のような高性能で人間に近い存在とは異なり、彼はまるでブリキ仕掛けのおもちゃのような、古びて頼りない外見をしています。そんな彼は、人間以下の扱いを受ける「三等兵」という低い階級を与えられます。不平不満を漏らしながらも、彼は与えられた任務を遂行しようと奮闘しますが、その不器用さや間の抜けた性格が災いし、失敗を繰り返しては上官に厳しく叱責される、というのが基本的な筋立てです。

ロボットの製造目的、なぜ軍隊に入隊したのか、そしてなぜ三等兵になったのかといった彼の背景については、作品が発表された媒体や時期（寿書房版、少年クラブ版、ろまん書房版）によって描かれ方が異なり、多様な設定が存在するのもこの作品の特徴です。

作風は、往年のチャップリン映画を思わせるような、キャラクターの動きや状況設定によるドタバタ喜劇が中心です。しかし、作者である前谷惟光自身の戦場体験に基づき、極限状況における人間の（あるいはロボットの）姿を冷徹な視点で描き出しており、そのユーモアの底には、戦争そのものや旧日本軍における非合理的な体質、軍隊生活に潜む不条理さへの批判が込められています。ただし、雑誌『少年クラブ』に掲載されたバージョンでは、そうした社会批判的な要素は比較的薄められて描かれています。

物語は特に後半になると、単なる基地内でのドタバタに留まらず、第二次世界大戦中の様々な実際の戦場（北支戦線、ノモンハン事件、真珠湾攻撃、シンガポール攻略戦、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島の戦い、果ては独ソ戦など）をロボットが転戦する壮大なスケールへと発展します。これらの戦場では、当時の実在人物、例えば馬占山や東条英機、アドルフ・ヒトラーといった人物が、風刺を込めたカリカチュアとして登場します。例えば、インパール作戦をモチーフにしたエピソードでは、無謀な作戦を立案する司令官の下、前線で兵士（ロボットたち）が飢えに苦しむ一方で、後方の将軍たちが享楽にふける様子が、ギャグを通して痛烈に描かれています。

連載と出版の歴史

本作は、まず貸本単行本として世に出ました。1955年（昭和30年）から1957年（昭和32年）にかけて、寿書房より全11巻が刊行されています。その後、より多くの読者に知られるきっかけとなったのは、雑誌『少年クラブ』（講談社）での連載です。1958年（昭和33年）6月号から、同誌が休刊する1962年（昭和37年）12月号まで足掛け4年半にわたり連載が続きました。その後も、1965年（昭和40年）にろまん書房から、1968年（昭和43年）にはそれを底本とした虫コミックス（全5巻）が発売されるなど、複数の出版社から刊行されています。

後年にも復刻の機会に恵まれており、1995年（平成7年）にはアース出版局から貸本版が全3巻に再編集されて刊行されました。さらに2007年（平成19年）には、マンガショップからも同じく貸本版が全3巻として復刻されています。近年ではWeb上で電子版も発行されており、時代を超えて読み継がれています。

主な登場人物

前谷惟光の作品には、しばしば同じキャラクターが役割を変えて登場するという特徴があります。この『ロボット三等兵』のロボット、トッピ博士、「ごくらくコンビ」といったキャラクターも、作者の他の作品に顔を出しています。

以下は主に貸本版の設定に基づいた主要キャラクターの説明です。

ロボット: トッピ博士によって創造されたヒューマノイド。陸軍に入隊するも、二等兵より格下の「三等兵」という異例の階級を与えられ、軍服さえ支給されず、胸に星無しの赤い階級章をぶら下げています。軍人らしからぬ呑気で食いしん坊、そして非常にドジで間が抜けていますが、与えられた無理難題には文句を言いながらも立ち向かう、どこか憎めない存在です。物語の中で世界各地を転戦し、時には上等兵や果てはドイツ軍元帥にまで昇進する機会がありますが、結局は失敗して三等兵に戻ってしまうのがお約束です。ロボットであるがゆえに常に危険な任務を押し付けられ、幾度となく生命の危機に瀕しますが、本人の意思とは関係なく、前線で戦い続ける健気さも持ち合わせています。人間と同じように食事をとることが可能で、ゼンマイや真空管、時計やラジオの部品で構成され、修理も可能です。興味深いことに、人間と同様にマラリアにかかることもあります。彼の月給は戦地手当込みで8円50銭（少年倶楽部版では8円80銭）という設定です。
トッピ博士: ロボットを創造した町の科学者。出征するロボットに千人針やお守りを持たせるなど、彼にとっては文字通りの親のような存在です。荒俣宏は、前谷惟光の父である科学ジャーナリスト、原田三夫がモデルではないかと推測しています。
雷連隊長: ロボットが所属する雷連隊を率いる大佐。大きなカイゼル髭がトレードマークです。部下には精神論を振りかざし、無茶な命令を強要する一方、自身には甘いという、旧陸軍の幹部を風刺的に描いたキャラクターです。特にロボットには厳しく当たり、死地に送るような理不尽な任務を与えることも少なくありませんが、同時にロボットが引き起こす騒動の最大の被害者となることも多い人物です。
飛車角軍曹: ロボットの直属の上官で、班長を務める軍曹です。鼻の下のちょび髭が特徴。当初は銃剣を携えていましたが、後に日本刀のような軍刀を帯びるようになります。
細野弱吉二等兵: ロボットと同期の兵士で、階級は二等兵です。甲種合格者であり、同期ではありますが階級はロボットより上になります。
ごくらくコンビ: 米兵や英兵といった敵兵として頻繁に登場する二人組です。戦場でロボットと何度も遭遇し、滑稽な駆け引きを繰り広げます。

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