ワルツ第12番 (ショパン)

ワルツ第12番 ヘ短調 作品70-2

概要

フレデリック・ショパンが1841年に作曲したピアノ独奏のためのワルツ。ヘ短調、作品70の第2曲にあたります。この作品は、ショパンの生前には出版されず、彼の死後である1855年に、友人であるユリアン・フォンタナの編集により、パリで世に出されました。ワルツ集作品70としてまとめられた3曲（第10番 変ト長調、第11番 変ホ長調、そしてこの第12番 ヘ短調）のうちの一つとして広く知られています。ただし、パリでの出版に先立つ1852年には、別のロ短調のワルツと共に「2つの感傷的なワルツ」というタイトルで、ポーランドのクラクフでも出版されていた記録が残っています。この先行出版の存在は、作品の初期流通の一端を示唆しています。

作曲背景と出版

ワルツ第12番は、ショパンが商業的な出版を前提として作曲した、いわゆる「サロン・ワルツ」とは性格を異にします。この作品は、むしろ個人的な目的のために書かれたと考えられており、特定の知人女性に贈られた自筆譜が現在も5点確認されています。このような背景から、作品にはショパンのより内省的でプライベートな音楽語法が色濃く反映されていると言えます。生前に出版されなかったのは、ショパン自身がこの作品を私的なものと位置づけていたためかもしれません。死後の出版にあたっては、フォンタナがショパンの遺稿を整理し、世に送り出したものの一つです。フォンタナによる編集では、演奏効果を高めるためか、あるいは出版規格に合わせるためか、いくつかの変更が加えられています。

楽曲分析

構成と形式

楽曲はアレグレットの速度指示を持ち、控えめながらも流れるようなテンポで演奏されます。ショパンのオリジナルの自筆譜に基づくと、この作品は比較的簡潔な二部形式で書かれていたと考えられています。しかし、フォンタナによって編集された出版譜では、楽曲全体が繰り返されるように改編されており、結果として複合二部形式のような構成になっています。この反復の指定は、フォンタナが出版に際して、作品により大きなまとまりや繰り返しによる親しみやすさを付与する意図で行われた可能性があります。フォンタナ版が長く標準的なものとされてきましたが、近年では自筆譜に基づいた演奏や研究も行われています。

調性と旋律

このワルツの音楽的な特徴として最も際立っているのが、その調性の不安定さです。冒頭はヘ短調で始まりますが、すぐに変ホ長調へと転調し、その後もハ短調、そして変イ長調へと目まぐるしく調を移り変わります。このように、特定の主調に長く留まることなく、様々な調の間を縫うように進行することで、独特の浮遊感や情緒的な揺らぎが生み出されています。楽曲全体を通して、右手には装飾を伴う美しい旋律線が綿々と歌われます。この旋律は、絶えず動き続け、変転するハーモニーの上を流れるように進み、作品に抒情的な性格を与えています。

特徴と評価

ワルツ第12番は、一般的なワルツに期待されるような、明確なリズムや形式的な安定感よりも、移ろいゆく調性や、歌い続けるような旋律線といった抒情的な側面に重きが置かれている作品と言えます。終止が主調であるヘ短調ではなく、その平行調にあたる変イ長調で迎えられる点も、この作品が伝統的な形式の枠に完全に収まらない、個人的な表現であることを示唆しています。構成的な主張よりも、特定の雰囲気や感情を追求した結果、このような形になったと考えられます。ショパンの作品群の中でも、内省的で、より私的な響きを持つこのワルツは、彼の多様な創作の一面を示す貴重な一曲として、今日でも多くのピアニストによって演奏され、聴衆に親しまれています。華やかさとは異なる、深みのある魅力を備えたワルツです。

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