ユリアン・フォンタナ

ユリアン・フォンタナ（Julian Fontana, 1810年 7月31日 - 1869年 12月23日）は、19世紀に活躍したポーランド出身の法律家、著述家、起業家、そして作曲家です。特に、同郷の偉大な作曲家フレデリック・ショパンの生涯にわたる親友であり、彼の芸術活動と生活を多方面から支えた人物として知られています。

クラクフで生まれたフォンタナは、若くしてショパンと出会い、学生時代からの深い友情を育みました。彼自身も作曲家ヨーゼフ・エルスナーのもとで音楽を学びましたが、その人生は政治的な激動によって大きく左右されます。1830年に発生したポーランド十一月蜂起に参加した結果、彼は祖国を追われることとなり、1832年には国外への亡命を余儀なくされました。この出来事が、彼のその後の長い放浪生活の始まりとなりました。

亡命後、フォンタナはヨーロッパ各地を転々としながら、音楽家として生計を立てました。1844年から1845年にかけてはカリブ海のキューバで、その後1850年まではアメリカ合衆国で活動し、ピアニストや音楽教師として働きながら生活基盤を築こうと試みました。その後、彼は再びヨーロッパに戻り、フランスのパリに居を定めました。

パリでの生活を通じて、フォンタナはショパンとの関係を一層深めていきます。彼は単なる友人にとどまらず、ショパンの公私にわたる活動を献身的に支援しました。具体的には、ショパンの作品の自筆譜を丁寧に浄書する作業、完成した楽譜を各国の出版社と交渉し、出版に向けた校訂を行うといった専門的な音楽関連の業務を担いました。また、楽譜の管理だけでなく、衣装や手袋といった日用品、家具類の手配といった身の回りの世話、さらには生活費や財産の管理、個人的な秘密の手紙の管理や配送に至るまで、ショパンが安心して創作活動に専念できるよう、ありとあらゆる面で彼を支えました。ショパンは自身の芸術には極めて厳格でしたが、実生活や実務においてはフォンタナに深く依存しており、彼を最も信頼できる友人として頼りにしていました。

作曲家としてのフォンタナ自身は、主にピアノ曲と少数の歌曲を残しています。しかし、彼の音楽史における最も大きな貢献は、友人ショパンの作品を後世に伝える役割を果たしたことにあります。ショパンは自身の作品に非常に厳格で、生前に発表しなかった作品や気に入らなかった作品は、死後すべて破棄するように遺言していました。しかし、フォンタナはショパンの死後、その意に反して、多くの未発表作品をまとめて出版しました。この中には、現在でも広く知られる《幻想即興曲》（遺作）などが含まれています。ショパンの創造性の豊かさを現代に伝える上で、フォンタナのこの決断は非常に大きな功績であったと言えます。

フォンタナによって編集・出版された《幻想即興曲》などは、特に「フォンタナ版」として知られ、ショパン自身が生前に発表した版や後世の原典版とは異なる部分が存在します。かつては、ショパンの原意を十分に汲み取らず、作品を「改悪」したとする批判的な見方も存在しました。しかし、フォンタナがショパンと同年生まれであり、ワルシャワ音楽院時代からの長年の友人であったこと、そして生涯にわたってショパンの作品の創作過程や出版にこれほど密接に関わっていた事実が再評価されるにつれて、単なる改変と見るのではなく、当時の出版事情やショパンの指示を反映した可能性もあるとして、その評価は見直されつつあります。

晩年のフォンタナは、病気や進行性の聴覚障害に苦しみました。ショパンの死後、彼の人生の大きな支えを失ったこと、そして自身の体調の悪化が重なり、絶望に追い込まれたと考えられています。そして1869年 12月23日、パリで自らの命を絶ち、波乱に富んだその生涯を閉じました。

ユリアン・フォンタナは、自身の多様な才能を発揮しながらも、ポーランドの激動の歴史に翻弄され、また稀代の天才音楽家フレデリック・ショパンの陰に隠れがちであった人物です。しかし、彼がショパンに与えた献身的な支援と、彼の死後に果たした作品保存・普及への貢献は、ショパンの音楽が今日まで広く愛されるために欠かせないものであり、その歴史的意義は非常に大きいと言えるでしょう。

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