ヴァイオリンソナタ (エルガー)

イギリス音楽史における巨匠、エドワード・エルガー（Sir Edward Elgar, 1857-1934）が作曲した作品群の中で、ヴァイオリンとピアノのためのソナタは、このホ短調 作品82が唯一の存在として特別な輝きを放っています。この楽曲は、作曲家がキャリアの晩年期に集中的に取り組んだ、一連の重要な室内楽作品の一部を成しています。

作曲の背景

このヴァイオリンソナタは、1918年の夏、より具体的には8月から9月にかけて、作曲家がサセックス州にある自宅「ブリンクウェルズ」で筆を進め、完成させました。この期間は、エルガーが室内楽というジャンルに深く向き合っていた時期と重なります。実際に、同じ1918年から翌1919年にかけて、彼はこのヴァイオリンソナタに続き、あるいは並行して、傑作として名高い弦楽四重奏曲ホ短調 作品83、そしてピアノ五重奏曲イ短調 作品84を世に送り出しています。これらの三つの室内楽曲は、エルガーの晩年を代表する作品群として並び称され、この時期の彼の創作活動を特徴づける重要な作品群と言えます。

初演について

本作品の初演は、公式な公開初演に先立ち、非公式な形で行われました。まず、作曲が完了した後の1918年10月、ロンドンにあったエルガー自身の邸宅「セヴァーン・ハウス」にて、一部の関係者を招いて非公開で演奏されました。この時の演奏を担当したのは、ヴァイオリンがW.H.リード、ピアノがアンソニー・バーナードでした。ウィリアム・ヘンリー・リード（W.H. Reed, 1883-1964）は、当時のイギリス音楽界で尊敬を集めていたヴァイオリニストであり、ロンドン交響楽団のコンサートマスター（リーダー）を長年にわたり務めた人物です。彼はエルガーとも個人的な友情を育み、エルガーの作品について深い理解と共感を示していました。アンソニー・バーナード（Anthony Bernard, 1891-1963）もまた、ピアニストとしてこの最初の演奏会に貢献しました。

そして、非公開初演からおよそ半年後の1919年3月21日、ロンドンの中心部に位置するエオリアン・ホールにて、本作品の公式な公開初演が実現しました。この歴史的な機会でも、ヴァイオリンは引き続きW.H.リードが務め、ピアノは著名なピアニストであり指揮者でもあったランドン・ロナルド（Landon Ronald, 1873-1938）が担当しました。ランドン・ロナルドもまた、エルガーの音楽の重要な擁護者であり、その作品を積極的に演奏・指揮しました。この公開初演を通じて、エルガーのヴァイオリンソナタ 作品82は初めて広く一般の聴衆に紹介されることとなりました。

楽曲の構成

このヴァイオリンソナタは、伝統的なソナタの形式に従い、三つの楽章から構成されています。全曲を通した標準的な演奏時間は約25分程度とされており、各楽章は以下の速度標語で示されています。

第1楽章：Allegro
「速く」を意味する「アレグロ」の指示通り、情熱的で力強い性格を持つ楽章です。
第2楽章：Romance. Andante
「ロマンス」と題され、「歩くような速さで」を意味する「アンダンテ」の速度で演奏されます。この楽章は、タイトルの示す通り、叙情的で歌謡的な美しい旋律が特徴的な、比較的ゆったりとしたテンポの楽章です。
* 第3楽章：Allegro non troppo
「速すぎないアレグロ」という意味の速度標語で、終楽章にふさわしい活気と推進力を持ちながらも、過度に急がずに演奏される楽章です。

ヴァイオリンソナタ ホ短調 作品82は、エルガーがヴァイオリンのために作曲した唯一のソナタとして、彼の創作活動において特別な位置を占めています。同時期に生まれた弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲と共に、エルガーの室内楽作品の重要な一角を担う作品として、今日に至るまで数多くの演奏家によって取り上げられ、後世に伝えられています。

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