ウィリアム・ヘンリー・リード

ウィリアム・ヘンリー・リード：エルガーの音楽に寄り添ったヴァイオリニスト

ウィリアム・ヘンリー・“ビリー”・リード（1876年7月29日 - 1942年7月2日）は、イングランド出身のヴァイオリニスト、教育者、作曲家であり、特に作曲家エドワード・エルガーの生涯と作品に関する重要な伝記作家としても知られています。ロンドン交響楽団のコンサートマスターを1912年から1935年まで23年間務めたリードですが、彼の功績の中でも特筆されるのは、エルガーとの長年にわたる個人的な親交（1910年〜1934年）と、その思い出を綴った著書『私の知るエルガー』（Elgar As I Knew Him、1936年出版）です。

生涯とキャリアの始まり

サマセット州フルームに生まれたリードは、ロンドンの王立音楽アカデミーで音楽を学び、エミール・ソーレやフレデリック・コーダーらに師事しました。優秀な成績でアカデミーを卒業した後、ヴァイオリニストとしてキャリアをスタートさせます。

エルガーとリードの最初の出会いは1902年、リードがクイーンズ・ホール管弦楽団のヴァイオリニストだった頃に遡ります。エルガーが付随音楽『グラーニアとディアーミッド』のリハーサルを終えた後、リードは彼に声をかけ、和声や対位法のレッスンを懇願しました。しかし、この時のエルガーの返答は「少年、私はそういったことにはとんと無知なのだよ。」というもので、二人の私的な交流はまだ始まりませんでした。それでも、彼らの職業上の関わりは続き、1904年にはリードがロンドン交響楽団の創立メンバーとして参加します。リードの体格がエルガーの親友であり、『エニグマ変奏曲』の「ニムロッド」のモデルとなったアウグスト・イェーガーに似ていたこともあり、エルガーはリードに会うたびに励ましの言葉をかけるようになりました。

エルガーとの友情と共同作業

二人の間に真の友情が芽生えたのは、1910年5月27日、ロンドンのリージェント・ストリートでの偶然の再会がきっかけでした。当時、ヴァイオリン協奏曲の作曲に難航していたエルガーは、リードに助力を求めます。これが、エルガーが亡くなる1934年まで続く、深く強い絆の始まりとなりました。

リードは、エルガーの作業場でヴァイオリン協奏曲の草稿を最初に弾いて試す重要な役割を担いました。さらに、1910年9月4日にはグロスターで開催されたスリー・クワイアズ・フェスティバルで、聴衆の前で初めてこの協奏曲を演奏する機会を得ました。公式初演のソリストはフリッツ・クライスラーでしたが、リードの試奏と初期の演奏は、作品の完成に大きく貢献しました。

エルガーがロンドン交響楽団の首席指揮者を務めた1911年から1912年にかけて、リードは同楽団のコンサートマスターに就任し、以降23年間その重責を担いました。1914年には、エルガーは弦楽合奏とオルガンのための『ため息』作品70をリードに献呈しています。

作曲と室内楽への貢献

コンサートマスターとしての活動と並行して、リード自身も作曲を手がけるようになりました。1916年には弦楽四重奏曲第5番イ短調がコベット・コンペティションで2等賞を受賞するなど、一定の評価を得ています。彼の作品はBBCプロムスやスリー・クワイアズ・フェスティバルでも演奏されましたが、後述の伝記作家としての名声の陰に隠れ、レパートリーから外れることが多かったようです。近年、彼の作品への再評価の機運も高まっています。

エルガーはヴァイオリンソナタ作品82（1918年）などの作曲においても、リードに技術的な助言を求め続けました。リードは1919年にロンドンのエオリアン・ホールで、このソナタの初演をピアノのランドン・ロナルドとともに行っています。彼はこの作品を数回演奏しましたが、後にアルバート・サモンズらが主な演奏者となりました。また、リードはエルガーがサセックスのブリンクウェルズで作曲した弦楽四重奏曲作品83、ピアノ五重奏曲作品84といった室内楽曲の初演にも参加しており、この時期にはエルガーの元を頻繁に訪れて共に散策を楽しむなど、公私にわたる交流を深めました。

1920年にエルガーの妻アリスが死去した際には、リトル・マルヴァーンの教会で行われた葬儀で演奏されたエルガーの弦楽四重奏曲の緩徐楽章を、リードも演奏メンバーの一員として奏でています。

交響曲第3番と『私の知るエルガー』

エルガーの晩年、特に1932年頃からは、リードとジョージ・バーナード・ショーの尽力により実現したBBCからの委嘱を受け、エルガーは長年温めてきた交響曲第3番の作曲に意欲的に取り組みました。多くの断片的なスケッチが存在する中、エルガーはこれらをまとめようとし、リードと共にヴァイオリンとピアノでスケッチの試奏を繰り返しました。しかし、1933年にがんと診断されたエルガーは、翌年2月に帰らぬ人となります。病状が悪化する中、エルガーは交響曲にわずかしか書き足すことができず、完成を諦めていました。彼は1933年12月、「ビリー、曲に下手な修繕をされないようにして欲しい。―燃やしてしまえ！」とリードに伝えたと言われています。

エルガーの指示にも関わらず、リードは172ページに及ぶ貴重な草稿を処分せず保管しました。エルガーの死後、ショーの勧めもあり、リードはエルガーとの思い出や交流を記録した本を執筆し、1936年に『私の知るエルガー』として出版します。この本には、保管されていた交響曲第3番の草稿の多くのファクシミリに加え、エルガーがリードに直接伝えた演奏上の注意や、スケッチの配置に関する指示などが詳細に記されました。

この著書、そしてリードが『ザ・リスナー』誌（1935年8月23日号）に発表した論文「エルガーの第3交響曲」に掲載された全ての草稿は、後に作曲家アンソニー・ペインがエルガーのスケッチを基に交響曲第3番を演奏可能な形に補筆・完成させる上で、かけがえのない第一級の資料となりました。ペインによる交響曲第3番の最初の録音には、70分に及ぶペインの解説と、リードがエルガーと共に試奏したスケッチを、リード自身のヴァイオリンを用いて再現した演奏（ヴァイオリン：ロバート・ギブズ、ピアノ：デイヴィッド・オーウェン・ノリス）が収められています。

後半生と教育活動、そして逝去

1935年にロンドン交響楽団のコンサートマスターを退いた後、リードは楽団の取締役会会長に就任し、楽団運営にも関わりました。また、キャリアを通じて王立音楽大学で教鞭を執り、多くの音楽家を育成しました。彼の著名な門下生には、指揮者のジョージ・ウェルドンや、イモージェン・ホルスト（作曲家グスターヴ・ホルストの娘）、ウィリアム・ロイド・ウェバーの妻ジェーン・ジョンストンらがいます。

1939年にはケンブリッジ大学から音楽博士号を授与され、同年には伝記シリーズ「Master Musicians」の一環として、エルガーに関する新たな著作を発表しています。

演奏活動から退いた後も、リードは音楽教育に深く関わり、英国王立音楽検定の試験官や各種コンクールの審査員を数多く務めました。また、アマチュアオーケストラやアンサンブルの指揮も積極的に行い、1933年にはストローリング・プレイヤーズの指揮者に就任しています。

1942年7月2日、英国王立音楽検定の試験官としてスコットランドのダンフリーズを訪れていた際に急逝しました。彼の遺灰は、エルガーのオラトリオ『ゲロンティアス』の窓の近くにある、ウスター大聖堂に埋葬されました。

映画『Elgar's Tenth Muse: The Life of an English Composer』では、リードは俳優ルパート・フレーザーによって演じられています。

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