ヴァイオリン・オクテット

ヴァイオリン・オクテット（Violin octet）

ヴァイオリン・オクテットは、別名「ハッチンズ・ヴァイオリン」あるいは「新ヴァイオリン属」とも呼ばれる、8種類の弦楽器からなるファミリーです。これは、カーリーン・ハッチンズを中心とした研究者たちによって、音響学的な観点から従来のヴァイオリン属（ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）の課題を克服し、より理想的な楽器群として設計・開発されました。しかし、その特殊なサイズや構え方、演奏技法の違い、そして専用の楽曲が少ないことから、広く普及するには至っていません。

開発の経緯

この楽器群の開発は、1963年に設立された弦楽器音響協会（CAS）のプロジェクトの一つとして始まりました。従来のヴァイオリン属には、楽器間の音響的な不整合が存在すると考えられていました。例えば、ヴィオラは理想的な響きを得るには小さすぎ、コントラバスはヴィオローネの特徴を強く残しているなど、ヴァイオリンを基準としたときに音響的な統一性が欠けていると見なされたのです。このプロジェクトの目的は、ヴァイオリンを音響的な基準とし、各楽器の音域と寸法の比率を一定に保つように再設計し、新しい「コンソート」（同じ属の楽器群）を作り出すことでした。設定された音域を実現するため、弦の素材や胴の構造にも改良が加えられ、最終的な楽器の形が定まりました。

その結果、このプロジェクトで誕生した楽器群は、非常に均質な音色を持つという特徴を得ました。これは新しいアンサンブルには適している一方で、既存の弦楽四重奏曲などを演奏した場合、音域が重なる部分で音色の変化に乏しく、ある種の面白みに欠けると感じられることもあります。

普及における課題

ヴァイオリン・オクテットが広く普及しなかった理由としては、いくつかの要因が考えられます。最も大きな要因の一つは、従来の楽器と比べてサイズや形状が大きく異なるため、楽器の構え方やポジションの取り方が変わる点です。これにより、演奏者は新しい演奏技術を習得する必要が生じます。また、これらの楽器のために書かれた楽曲がまだ少ないことも、演奏機会の限定につながっています。前述の均質な音色も、既存曲の解釈においては課題となり得ます。しかし、一部の楽器はそのユニークな特性から注目され、特定の演奏家やアンサンブルによって用いられています。

各楽器の種類

ヴァイオリン・オクテットは、以下の8種類の楽器で構成されます。調弦は中央ハをC3として表記しています。

トレブル・ヴァイオリン (Treble Violin)
最も小さく、最も高い音域を持つ楽器です。従来のヴァイオリンのちょうど1オクターブ上の音域を担当します。本来の設計に基づくサイズでは大人が扱えないほど小さくなるため、全長を長くして扱いやすくする工夫がされています。これにより下がった音を補うために、f字孔を大きくしたり、さらに側面に孔をあけたりしています。また、ヴァイオリンのE線にあたる最も高音の弦には、従来の鋼線では目的の音域が出せないため、炭素繊維強化ワイヤーが使用されます。構え方も独特で、安全上の理由から（E線が切れた際に危険なため）、顎で挟まず前腕に乗せるか、保護眼鏡を着用して演奏することが推奨されます。調弦は G3-D4-A4-E5 です。記譜はピッコロと同様に1オクターブ低く書かれます。

ソプラノ・ヴァイオリン (Soprano Violin)
従来のヴァイオリンより完全四度高い音域を持つ楽器です。この音域の楽器は、16世紀から17世紀にかけても存在し、J.S.バッハのブランデンブルク協奏曲第1番などで使用された歴史があります。想定された音域と響きを実現するため、側板の厚みを薄くするなどの調整が施されています。調弦は C3-G3-D4-A4 です。記譜は実音で書かれる場合と、四度下げて書かれる場合があります。

メッゾ・ヴァイオリン (Mezzo Violin)
従来のヴァイオリンに相当する楽器です。従来のヴァイオリンよりもやや大型ですが、ナットから駒までの弦長は変わりません。胴体の厚みが従来のヴァイオリンの約半分になっており、これにより特に低音域の音が力強く響くよう設計されています。調弦はヴァイオリンと同様の G2-D3-A3-E4 で、記譜も実音通りです。

アルト・ヴァイオリン (Alto Violin)
「ヴァーチカル・ヴィオラ (Vertical viola)」とも呼ばれ、従来のヴィオラに相当する楽器です。理想的な音響を得るために従来のヴィオラより大幅に大型化しており、顎で挟んで演奏することが不可能になったため、チェロのようにエンドピンを床に着けて構えます。この変更により、従来のヴィオラでは困難だったハイポジションでの演奏が容易になりました。チェリストのヨーヨー・マがこの楽器を使用してバルトークのヴィオラ協奏曲を録音した事例もあります。調弦はヴィオラと同じ C2-G2-D3-A3 で、実音記譜が基本ですが、チェロ奏者が演奏する際にはヘ音記号やテノール記号を用いて1オクターブ下げて記譜されることもあります。楽譜で単に「Alto」と記されている場合は、通常のヴィオラを指すことが一般的です。

テノール・ヴァイオリン (Tenor Violin)
ヴァイオリンの1オクターブ下の音域を担当する楽器で、従来のヴィオラとチェロの中間に位置します。チェロよりは小さいですが、アルト・ヴァイオリンと同様にエンドピンを使って床に立てて演奏します。ヴィオール属にはこの音域の楽器がありましたが、従来のヴァイオリン属には直接相当する楽器がありませんでした。調弦は G1-D2-A2-E3 です。記譜はチェロ奏者が担当することが多いため、ヘ音記号やテノール記号で四度上げて書くのが望ましいとされますが、実音で書かれることもあります。

バリトン・ヴァイオリン (Baritone Violin)
従来のチェロに相当する楽器です。全長が長くなっていることが特徴で、これにより特に低音域の二本の弦の音に透明感と力強さが増しました。ピッツィカートの響きも改善されています。調弦はチェロと同じ C1-G1-D2-A2 で、実音記譜です。

バス・ヴァイオリン (Bass Violin)
「小バス・ヴァイオリン (Small Bass Violin)」とも呼ばれ、従来のチェロとコントラバスの中間に位置する楽器です。この楽器より下の音域の楽器は、コントラバスと同様に四度調弦になります。サイズは従来のコントラバスの3/4サイズに近い大きさです。響板の構造はヴァイオリンなどと同様の設計が採用されており、これにより透明で反応の良い響きが得られます。バリトン・ヴァイオリンと同様に、ピッツィカートの響きが良好です。調弦は A0-D1-G1-C2 です。記譜は一般的に四度上げて書かれますが、実音で書かれる場合もあります。

コントラバス・ヴァイオリン (Contrabass Violin)
従来のコントラバスに相当する最も大型の楽器です。その外見は、ヴィオール属の特徴を残す従来のコントラバスとは異なり、大型化されたヴァイオリンそのものといった形状をしています。全長は約130cmにも及びます。大型であるため、特に第3、第4ポジションを超えるような高音域での演奏は困難を伴う場合があります。しかし、その豊かな響きはオーケストラなどの低音パートの基盤として優れた能力を発揮します。調弦はコントラバスと同様の E0-A0-D1-G1 で、記譜は1オクターブ上げて行われます。

これらの楽器は、音響学的な探求から生まれた革新的な試みであり、今後の発展が期待される分野と言えます。

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