ヴァイオリン協奏曲 (貴志康一)

貴志康一：ヴァイオリン協奏曲

ヴァイオリンと管弦楽のために作曲された協奏曲です。日本の作曲家、貴志康一（きし こういち、1907-1937）によって、1931年から1935年にかけて書かれました。

この作品の成立には複雑な経緯があります。作曲が始められたのは、貴志が二度目の一時帰国をしていた1931年頃のことです。その後、三度目の渡欧を挟んで、1935年まで作曲が続けられました。特に第1楽章は、1931年から1932年にかけて最初の草稿が書かれましたが、最終的な形に完成したのはベルリン滞在中の1934年でした。

完成した第1楽章のみの初演は、1934年3月29日にベルリンで行われました。ヴァイオリン独奏をゲオルク・クーレンカンプ、指揮を貴志自身が務め、ウーファ交響楽団が演奏しました。その後、残りの第2楽章と第3楽章が1935年までに作曲され、全3楽章が完成しました。

全曲を通しての初演は、作曲家の没後、第二次世界大戦中の1944年1月17日に大阪の朝日会館で開催されました。この時の演奏は、ヴァイオリン独奏が辻久子、指揮が尾高尚忠、そして大阪放送管弦楽団によって行われました。辻久子は同時期に満州でも、指揮者の朝比奈隆と共にこの協奏曲を演奏した記録が残っています。

この協奏曲は、発表当時はきわめて斬新な試みであったと評価されており、後のハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲に先駆けるものとも言われています。貴志は、日本の独特な旋律をどのように西洋、特にドイツやフランスの音楽様式と組み合わせ、現地の聴衆に受け入れられる作品にするかという課題に真摯に取り組みました。その結果、彼は後期ロマン派の音楽語法と日本的な要素を見事に融合させ、独自の解答を示したと言えるでしょう。作曲者自身が優れたヴァイオリニストであったため、作品には高度な技術、いわゆる超絶技巧がふんだんに盛り込まれています。独奏ヴァイオリンが終始華やかに活躍するのも、この作品の大きな特徴の一つです。

楽曲は典型的な3楽章構成をとっています。

第1楽章：Allegro molto (4/4拍子)
管弦楽による力強い序奏で開始されます。続いて第1主題が提示され、その後、叙情的な美しい第2主題が独奏ヴァイオリンによって奏でられます。展開部では、これら二つの主題から導き出された主要な動機が巧みに扱われます。高度な演奏技術が要求される超絶技巧的なカデンツァを経て、再現部に入り、最後にホ長調で力強く曲を閉じます。

第2楽章：Quasi andante (4/4拍子)
穏やかで情緒的な楽章です。木管楽器とハープによって奏でられる主要主題は、日本の民謡である「黒田節」が原型となっています。この主題に続いて、独奏ヴァイオリンが旋律を歌い上げ、重要な役割を果たします。楽章の中間部では、ダブルストップ（二重音奏法）による新しい旋律が現れます。短いカデンツァが挿入された後、静かにコーダへと進み、楽章を閉じます。

第3楽章：Molto vivace (2/4拍子 → 6/8拍子)
急速で華やかな終楽章です。開始部分の動機は、第1楽章の第1主題と関連があり、日本の小唄である「かっぽれ」を原型としていると言われています。この楽章では、複数の異なるモチーフが組み合わされ、一体となって展開されます。再び超絶技巧が求められるカデンツァが置かれ、独奏ヴァイオリンの輝かしい技巧と共に、全曲が華麗に締めくくられます。

貴志康一のヴァイオリン協奏曲は、短い生涯ながら国際的に活躍した彼の才能と、東西の音楽文化を融合させようとした試みを知る上で、非常に重要な作品です。

もう一度検索