ヴァルター・ラーテナウ

ヴァルター・ラーテナウ（1867-1922）は、ドイツのユダヤ系実業家、政治家、そして作家として多岐にわたる活躍を見せた人物です。電機メーカー AEGの会長を務めたほか、ヴァイマル共和国初期には外務大臣として重要な外交交渉に臨みましたが、極右組織による暗殺という悲劇的な最期を迎えました。

実業家としての経歴

ベルリンで、AEGの共同設立者であるユダヤ系実業家エミール・ラーテナウの長男として生まれました。父エミールはトーマス・エジソンの特許を取得し、AEGを電気、銀行、紡績、製紙、陶磁器、鉄工、航空、自動車、鉄道電化、軍事産業など多角的な事業を展開する巨大コングロマリットへと発展させました。ヴァルターは物理学、哲学、化学、機械工学などを学び博士号を取得しましたが、当初は父の事業を継ぐことに抵抗があり、芸術家や軍人、外交官を志していました。しかし、最終的には父の事業に加わり、AEG社の工場建設などに携わります。その後、商社の経営に参画し社長に就任、AEG監査役として多数の企業の監査役を兼任するなど、ドイツ経済界で重要な役割を担いました。第一次世界大戦が勃発すると、彼はプロイセン軍事省戦時原料局長として、ドイツの戦時経済体制の構築に貢献しました。戦時動員に反対の立場でしたが、その手腕は高く評価されました。父の死後、AEG会長職には就かず、後継者にその地位を譲りましたが、最高顧問として影響力を持ち続けました。

著述と思想

巨大企業の経営者という顔を持つ一方で、ラーテナウは当時の資本主義や物質主義に批判的な視点を持ち、文学を通じて社会の変革を試みました。ジャーナリストであるマクシミリアン・ハルデンの活動を支援し、その週刊誌に自身の論考を発表しました。初期の論文「聞け、イスラエルよ」では、当時のユダヤ人に対する異議を唱え、ユダヤ人とゲルマン人の性質について論じるなど、物議を醸す見解も示しました。また、作家ゲアハルト・ハウプトマンとの交流を通じて文学者のグループに参加し、『時事批判について』、『精神の機構について』などの著作を出版。これらの著書で彼は「精神の王国」と称される理想主義的な世界観を表明しました。さらに、ヴィルヘルム2世時代の排他的な国家主義に反対し、リベラルな市民の政治参加を advocated するなど、思想家としても活動しました。

政治家としての活動

第一次世界大戦中、ドイツの経済的な戦争準備不足を指摘し、戦時原料局長として物資供給体制の整備に取り組みました。これは物資不足を防ぎ、効率的な統制経済を実現することを目的としていました。こうした経済に関する思想は、戦時中の著作『来るべきことについて』でも詳細に述べられています。大戦終結後、ヴァイマル共和国が成立すると、彼は経済専門家としてドイツ民主党（DDP）の結成に加わります。連合国との関係改善や交渉能力が評価され、1921年に再建担当大臣として入閣し、フランスとの間でヴィースバーデン協定を締結しました。翌1922年には外務大臣に就任。周囲の懸念にもかかわらず、ジェノア会議にドイツ代表として参加します。特に同年4月にソビエト連邦と結んだラパッロ条約は、両国の関係正常化を目指す画期的なものでしたが、共産主義を警戒する戦勝国や、ドイツ国内の保守派双方からの反発を招きました。ドイツ民族防衛同盟（シュッツ・トゥルッツ・ブント）は、彼を国家の敵と見なすほどでした。

暗殺とその後

ラパッロ条約締結後の1922年 6月24日、ベルリン近郊でオープンカーに乗っていたラーテナウは、極右テロ組織コンスルのメンバーによって暗殺されました。享年54歳でした。犯人たちは逃走中に射殺され、共犯者たちも逮捕・服役しました。暗殺の首謀者は、「ラーテナウの血によって、隔てられてあるべきものを永遠に隔てなければならない」と述べていたと伝えられています。

コンスルは要人暗殺によってヴァイマル共和国を動揺させようと企図しましたが、かえって共和政を支持する世論が高まる結果となりました。後任の外相となったグスタフ・シュトレーゼマンは、ラーテナウの外交路線を引き継ぎました。ヴィルト首相は国会での追悼演説で「敵は右側にいる！」と叫び、右翼勢力への警戒を呼びかけました。この事件を受けて共和国防護法が制定されましたが、皮肉にもその運用は右翼よりも左翼勢力に対して厳格に行われることが多くありました。

ラーテナウはベルリン郊外の家族墓地に埋葬されました。彼が収集した美術品の多くは第二次世界大戦後にソ連によって持ち去られ、現在もロシアとドイツの間で返還交渉が続けられています。

ナチス政権下では、ラーテナウの記念碑が破壊され、彼の名を冠した場所が改名されるなど、その記憶は意図的に抹消されました。しかし、戦後はその多くが元に戻されています。現代ドイツの歴史家ゼバスティアン・ハフナーは、ラーテナウを20世紀ドイツの歴史における偉大な人物の一人として高く評価し、その多面性（貴族的でありながら革命家、理想主義的でありながら実業家など）を指摘しています。

現在もドイツ各地にヴァルター・ラーテナウの名前を冠した広場や学校が存在し、ベルリン近郊の旧居は博物館として公開されるなど、彼の功績は記憶されています。彼の収集した美術品の一部は、フランクフルトのシュテーデル美術館に所蔵されています。

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