ヴィクトリアン様式

ヴィクトリアン様式：19世紀イギリスの華麗なる建築とデザイン

ヴィクトリアン様式とは、1837年から1901年まで続いたイギリスのビクトリア女王の治世、すなわちビクトリア朝時代の建築様式、デザイン様式を指します。産業革命を背景に発展したこの様式は、ゴシックやバロックなど、過去の様式を巧みに取り入れ、左右非対称で躍動感あふれる、華麗な装飾を特徴としています。単一の様式ではなく、クイーン・アン様式など多様なデザインを含んでいます。

イギリスにおけるヴィクトリアン様式

19世紀初頭の、対称性を重視したパッラーディオ建築への反動として、ロマンチックな中世ゴシック様式のリバイバルが始まりました。フォントヒル修道院などがその代表例です。19世紀半ばには、鋳鉄や錬鉄といった金属材料が建築に取り入れられ始め、さらに強靭な鋼へと移行していきました。水晶宮を設計したジョセフ・パクストンは、鉄骨構造の優れた設計者の一人であり、イギリス・ルネサンス様式でも多くの住宅を建設しました。一方で、オーガスタス・ピュージンなどの建築家は、歴史的様式を回顧的に解釈した建築を数多く生み出しました。

スコットランドでは、アレクサンダー・トムソンが鋳鉄と鋼を用いた商業建築の先駆者となり、新古典主義にエジプトや東洋の要素を融合した独特な建築を数多く残しました。アーチバルド・シンプソンやアレグザンダー・マーシャル・マッケンジーなども、スコットランドにおけるヴィクトリアン様式の代表的な建築家です。スコットランドで発展したこの様式は、イギリス全土に広がり、その後40年以上にわたって人気を博しました。

主なヴィクトリアン様式の派生様式:

ジャコビアン様式 (1830-1870): クイーン・アン様式の前身
ルネサンス・リバイバル様式 (1840-1890)
ネオ・グリーク様式 (1845-1865)
ロマネスク・リバイバル様式
セカンド・エンパイア様式 (1855-1880): フランス発祥
クイーン・アン・リバイバル様式 (1870-1910)
スコッツ・バロニアル様式 (スコットランドが中心)
イギリス・アーツ・アンド・クラフツ運動 (1880-1910)
ゴシック・リバイバル様式
イタリア様式
* ネオクラシカル様式

これらの様式は、ビクトリア朝時代以外にも及んでおり、複雑な窓枠など、エリオット・レイなどの建築家の影響も色濃く見られます。

ヴィクトリアン様式の国際的な広がり

19世紀、大英帝国の拡大とともに、イギリス人建築家は世界各地に移住し、ヴィクトリアン様式は世界中に広まりました。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、植民地各地で、イギリスから伝わった様式が用いられました。輸送・通信手段の発達も、この様式の世界的な普及に貢献しました。ウィリアム・バターフィールドやジェイコブ・レイ・モールドなど、著名な建築家たちが、世界中でイギリス由来のデザインを制作しました。

オーストラリア

オーストラリアでは、1840年代から1890年代のゴールドラッシュと人口増加を背景にヴィクトリアン様式が栄えました。ヴィクトリアン・ジョージアン様式、ヴィクトリアン・リージェンシー様式、エジプト様式、アカデミック・クラシカル様式など、多くの派生様式が存在しました。アーツ・アンド・クラフツ様式やクイーン・アン様式は、フェデレーション様式の一部として認識されています。

香港

イギリス統治時代の香港では、西洋建築の影響が強く、多くのヴィクトリアン様式建築が残っています。

アイルランド

アイルランドにもヴィクトリアン様式建築は存在しますが、ダブリンなどの都市では、ジョージアン様式建築の方が多く見られます。ダブリン王立病院などがその例です。

スリランカ

イギリス植民地時代のスリランカ（セイロン）には、スリランカ・カレッジ、スリランカ工科大学、ゴールフェイスホテルなど、ヴィクトリアン様式建築が数多く残っています。

北アメリカ

アメリカ合衆国では、1860年から1900年にかけてヴィクトリアン様式が最も盛んでした。セカンド・エンパイア様式、スティック・イーストレイク様式、フォーク・ヴィクトリアン様式、クイーン・アン様式、リチャードソン・ロマネスク様式など、多様な様式が存在します。「ペインテッド・レディーズ」や「ジンジャーブレッド」といった呼び名も、特定のヴィクトリア朝建築を指すのに用いられます。サンフランシスコのアラモスクエアなどは、ヴィクトリアン様式建築で知られる地域です。トロントの蒸留所地区は、北米最大級のヴィクトリアン様式産業建築群として知られています。

ヴィクトリアン様式の保存

現在も、ヴィクトリアン様式建築の保存活動が続けられています。ヴィクトリアン協会などが中心となり、歴史的建造物の保存や修復に尽力しています。

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