アーツ・アンド・クラフツ運動

アーツ・アンド・クラフツ運動：手仕事と美の融合

アーツ・アンド・クラフツ運動は、19世紀後半のイギリスで生まれた美術工芸運動です。産業革命による大量生産品が社会に溢れ、質より量を重視する風潮が台頭する中、ウィリアム・モリスを筆頭とするデザイナーや思想家たちは、機械生産の大量消費社会へのアンチテーゼとして、この運動を立ち上げました。 彼らの目指したのは、中世の職人技に見られるような質の高い手仕事による工芸品を生み出し、それらを通じて人々の生活に美を取り戻すことでした。

運動の起源と展開:

運動の端緒は1880年代のヴィクトリア朝時代へと遡ります。モリスは、安価だが粗悪な製品があふれる社会状況に危機感を抱き、生活と芸術の統一を訴えました。彼は自らモリス商会を設立し、手作業による高品質な壁[[紙]]、家具、ステンドグラス、そして装飾された書籍（ケルムスコット・プレス）などを制作しました。これらの製品は、当時としては高価なものであり、裕福な層のみが享受できるものであったという批判もありましたが、その美意識と理念は、多くの人々に影響を与えました。

モリスの思想は、イギリスにとどまらず、ヨーロッパ各国やアメリカにも波及しました。アール・ヌーヴォー、ウィーン分離派、ユーゲント・シュティールといった、後の美術運動は、アーツ・アンド・クラフツ運動の理念と美学的な影響を色濃く反映しています。アメリカ合衆国では、シカゴが運動の中心地となり、フランク・ロイド・ライトやジョージ・ゴフ・ブースといった著名な建築家たちも運動に関わっていました。

日本においても、柳宗悦はアーツ・アンド・クラフツ運動に共感を抱き、独自の民藝運動を展開しました。柳宗悦は、日用品の中に美を見出す「用の美」の概念を提唱しましたが、その思想にはアーツ・アンド・クラフツ運動の影響が認められます。1929年には、モリスが活動していたロンドンのケルムスコット・ハウスを訪れ、運動の精神を直接体感しました。

運動を支えた主要人物:

アーツ・アンド・クラフツ運動は、モリス一人の力だけで成し遂げられたものではありません。彼を支えた多くの才能ある芸術家や思想家たちがいました。ヘンリー・コール、オーガスタス・ウェルビー・ノースモア・ピュージン、ジョン・ラスキン、G・E・ストリート、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、リチャード・ノーマン・ショウ、フィリップ・ウェッブ、エドワード・バーン＝ジョーンズ、E・W・ゴドウィン、クリストファー・ドレッサー、ウィリアム・ド・モーガン、ウォルター・クレイン、クリストファー・ウォール、アーサー・ヘイゲート・マックマード、G・F・A・ヴォイジー、チャールズ・ロバート・アシュビー、アレキサンダー・フィッシャー、アーネスト・ギムソン、ジェシー・ニューベリー、M・h・ベリースコット、チャールズ・レニー・マッキントッシュなど、建築家、画家、デザイナー、社会思想家など多様な分野の著名な人々が運動に関与していました。特にジョン・ラスキンの著書『ヴェネツィアの石』は運動の普及に大きく貢献しました。

アーツ・アンド・クラフツ運動の遺産:

アーツ・アンド・クラフツ運動は、単なるデザイン運動にとどまらず、社会全体に影響を与えました。機械化と大量生産によって失われつつあった手仕事と伝統の価値を再認識させ、生活の中に美を取り戻そうとしたその試みは、現代においても重要な意味を持っています。この運動は、インテリアデザインや建築デザイン、工芸、そして社会思想にまでその影響を及ぼし、後世の多くの芸術家やデザイナーに大きな影響を与え続けています。今日のデザインや建築においても、その精神を受け継いだ作品を見ることができます。また、インテリアコーディネーターの資格試験においても、この運動に関する知識は必須事項となっています。


関連事項:

ドイツ工作連盟
バウハウス
アール・ヌーヴォー
ラファエル前派
ロシア構成主義


参考文献:

ジリアン・ネイラー『アーツ・アンド・クラフツ運動』、川端康雄・菅靖子共訳、みすず書房、2013年
* 大内秀明『ウィリアム・モリスのマルクス主義』 平凡社新書、2012年6月

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