ヴィンフリート・ツィリヒ

ヴィンフリート・ペトルス・イグナツィウス・ツィリヒ（Winfried Petrus Ignatius Zillig）は、1905年4月1日にヴュルツブルクで生を受け、1963年12月18日にハンブルクでその生涯を閉じたドイツの多才な音楽家です。彼は主に指揮者および作曲家として、20世紀半ばのドイツ音楽界で活躍しました。

ツィリヒの音楽的な基礎は、まず故郷ヴュルツブルクで築かれました。彼はこの地で法学と並行して音楽を学び、当地の著名な音楽家であったヘルマン・ツィルヒャー（Hermann Zilcher, 1881-1948）から集中的な指導を受けました。ヴュルツブルクでの学びを終えた後、ツィリヒはオーストリアのウィーンへと移り住みます。そこで彼は、現代音楽における最も革新的な存在の一人であるアルノルト・シェーンベルク（Arnold Schönberg, 1874-1951）に個人的に師事するという、非常に貴重な機会を得ました。このシェーンベルクとの出会いと密接な師弟関係は、ツィリヒのその後の音楽観、特に作曲技法に計り知れない影響を与えることとなります。

指揮者としてのツィリヒのキャリアは、ドイツ各地の主要な舞台で展開されました。1927年には、ベルリン国立歌劇場で、当時ヨーロッパを代表するオペラ指揮者であったエーリヒ・クライバー（Erich Kleiber, 1890-1956）のアシスタントを務め、オペラ指揮の現場における実践的な経験を積みました。この経験の後、彼はオルデンブルク州立劇場で練習指揮者（コレペティートル）として働き、歌手やオーケストラとの協働における基礎的なスキルを固めました。1932年から1937年にかけては、デュッセルドルフ歌劇場で指揮者として活躍し、この劇場の重要な一員となりました。また同時期には、エッセン歌劇場の指揮者陣にも加わり、ライン地方における彼の活動範囲を広げました。

第二次世界大戦中の1940年代には、ツィリヒは当時のドイツ占領下にあったポーランドのポズナン（Poznań）にあった歌劇場で音楽活動を続けていました。戦後、彼は再びデュッセルドルフ歌劇場に戻り、首席指揮者（Erster Kapellmeister）として、戦後の復興期における劇場の再建と芸術活動の推進に尽力しました。さらに、1947年から1951年までの間、ツィリヒはヘッセン放送交響楽団（現在のhr交響楽団）の首席指揮者を務めました。この時期、彼は放送オーケストラという当時勃興しつつあったメディアにおける音楽演奏の最前線で、幅広いレパートリーの紹介に貢献しました。晩年に近い1959年からは、ハンブルクに拠点を置く北ドイツ放送（NDR）の音楽部門に勤務し、放送局での音楽に関わる要職を務め、音楽の普及・振興に尽力しました。

ヴィンフリート・ツィリヒは、指揮活動と並行して、作曲家としても重要な足跡を残しました。彼はオペラ、歌曲、合唱作品、室内楽曲、そして映画音楽に至るまで、多様なジャンルの作品を手掛けました。作曲家としての彼の業績の中で、最も特筆すべきものの一つは、師アルノルト・シェーンベルクの未完作品を完成させたことです。シェーンベルクは晩年、大規模なオラトリオ『ヤコブの梯子（Die Jakobsleiter）』を作曲していましたが、未完成のまま世を去りました。ツィリヒは、師の残した詳細な構想やスケッチに基づいて、この難解な作品のオーケストレーションを見事に完成させました。これは師に対する深い敬意と、複雑な現代音楽の構造を理解し具現化する高度な技術があってこそ成し遂げられた偉業であり、ツィリヒの作曲家としての能力と、シェーンベルク門下としての正統性を示す重要な出来事となりました。

ヴュルツブルクに生まれ、ドイツ各地で指揮者、作曲家、そして放送局の音楽管理者として精力的に活動したヴィンフリート・ツィリヒは、ハンブルクでその波乱に満ちた生涯を閉じました。彼は20世紀ドイツ音楽史において、表舞台での演奏活動と、教育者・師の遺志を継ぐという側面の両方から貢献した、忘れがたい存在です。

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