ヴィーナスとキューピッドとリュート奏者 (メトロポリタン美術館)

『ヴィーナスとキューピッドとリュート奏者』、または『ヴィーナスとリュート奏者』は、イタリア盛期ルネサンスの巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1565年から1570年頃に制作した油彩画です。この作品は、愛の女神ヴィーナスとリュート奏者が描かれており、ティツィアーノが過去に描いたオルガン奏者とヴィーナスの組み合わせとは異なる構図となっています。現在、この絵画はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されています。

この作品は、ティツィアーノの死後、未完成の状態で工房に残されました。後に、ティントレットに引き継がれ、彼の息子ドメニコ・ティントレットによって仕上げられたと考えられています。しかし、背景の風景はティツィアーノ自身が描いたものとされています。

絵画は、ルネサンス期の求愛のしきたりを反映しています。宮廷音楽家がヴィーナスにセレナーデを奏でる様子が描かれており、ヴィーナスは美の象徴であると同時に、男性に対する女性の力の象徴としても表現されています。物語は、リュート奏者の視線から始まり、ヴィーナスがキューピッドから冠を捧げられる場面へと展開します。背景には、ニンフとサテュロスが羊飼いの音楽に合わせて踊る様子が描かれています。

この作品には、新プラトン主義の概念が反映されています。ティツィアーノは、地上の愛から天上の愛へと昇華する過程を表現しており、マルシリオ・フィチーノの「美には3種類ある」という考え方、すなわち「魂の美」「肉体の美」「音声の美」が描かれていると考えられます。絵画は、これらの感覚を総合的に表現するだけでなく、より直接的な感覚である触覚にも訴えかけてきます。本作は、抽象的な学説を図解するだけでなく、人間の営みが音楽を通して効果的に表現されており、音楽が過去、現在、未来という時間を表す重要な手段として用いられています。友人であるピエトロ・アレティーノの言葉を借りれば、「音楽、歌唱、詩作の知識は、女性の貞淑への扉を開く鍵である」と言えるでしょう。

絵画は、音楽家と女神の関係を描いているだけでなく、鑑賞者にも語りかけます。女神の裸体は、鑑賞者の楽しみのために描かれており、画面右下にはヴィオラ・ダ・ガンバが置かれ、鑑賞者をコンサートへと誘い、美の享受へと誘います。作品全体を通して、音楽と美の調和、そして愛の多面的な表現が試みられています。これらの要素が、ティツィアーノの卓越した画力によって見事に結実し、観る者を魅了する傑作となっています。

参考文献
デーヴィッド・ローザンド 久保尋二訳『世界の巨匠シリーズ　ティツィアーノ』、美術出版社、1978年

外部リンク
メトロポリタン美術館公式サイト、ティツィアーノ『ヴィーナスとキューピッドとリュート奏者』 (英語)

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