ヴードゥー・チャイルド (スライト・リターン)

「ヴードゥー・チャイルド (スライト・リターン)」（Voodoo Child (Slight Return)）は、伝説的なギタリスト、ジミ・ヘンドリックス率いるザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスが、1968年にリリースしたアルバム『エレクトリック・レディランド』に収められた楽曲です。この曲は、アルバムの最後に配置され、ヘンドリックスの代名詞ともいえるワウペダルを駆使した強烈なギターサウンドが炸裂するインストゥルメンタルに近い構成で、聴く者に圧倒的な衝撃を与えました。

ギター史におけるその重要性は計り知れず、多くのメディアや評論家から高く評価されています。例えば、ローリング・ストーン誌が選定した「オールタイム・グレイテスト・ソング500」（2010年版）では、第102位にランク付けされており、時代を超えて愛され続ける不朽の名作としての地位を確立しています。

この楽曲の誕生には、興味深い経緯があります。アルバムに収録された「ヴードゥー・チャイルド (スライト・リターン)」は、その前日に録音された、より長い時間の即興セッション「ヴードゥー・チャイル」（Voodoo Chile）から派生したものです。

オリジナルの「ヴードゥー・チャイル」は、1968年 5月2日の未明、ニューヨークにあるレコード・プラント・スタジオで録音されました。このセッションには、ヘンドリックス、ドラマーのミッチ・ミッチェルに加え、トラフィックのスティーヴ・ウィンウッド（オルガン）やジェファーソン・エアプレインのジャック・キャサディ（ベース）といった、当時交流のあった名だたるミュージシャンたちが参加し、ブルースジャムのような形で長時間にわたって演奏が繰り広げられました。

そして翌5月3日、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのメンバー3人（ヘンドリックス、ミッチェル、ノエル・レディング）は再びレコード・プラント・スタジオに集まります。この日は、ABCテレビのドキュメンタリー番組の撮影が行われることになっており、その映像収録と並行してレコーディングが進められました。ここで録音されたのが、前日の長いセッションからインスピレーションを得て、よりタイトかつインパクトのある楽曲として再構築された「ヴードゥー・チャイルド (スライト・リターン)」だったのです。

ジミ・ヘンドリックスの伝記を手掛けたスティーヴン・ロビー氏の記録によれば、このドキュメンタリー撮影を兼ねたセッションでは、この楽曲のために合計8テイクが試みられたとされています。そして、最終的にアルバム『エレクトリック・レディランド』に収録されたのは、この8回の演奏の中でも最後の、つまり8番目のテイクであったことが分かっています。このことからも、短時間ながらも試行錯誤が重ねられ、ベストな演奏が選ばれたことがうかがえます。

アルバム発表後も根強い人気を誇ったこの楽曲ですが、シングルとしてのリリースは彼の死後となりました。1970年 9月18日、ジミ・ヘンドリックスはロンドンで突然この世を去ります。

彼の悲劇的な死から約1ヶ月後の10月23日、英国においてトラック・レコードからこの楽曲がシングル盤として発表されました。シングル盤のタイトル表記は「Voodoo Chile」と、アルバム収録版とは異なり短縮されていました。カップリングには、彼の代表曲中の代表曲ともいえる初期のヒットナンバー「ヘイ・ジョー」（Hey Joe）と、ボブ・ディラン作でジミが壮絶なカバーを披露した「見張塔からずっと」（All Along the Watchtower）という、いずれ劣らぬ名曲が収められました。彼の早すぎる死を悼むファンやリスナーは、このシングル盤を熱狂的に迎え入れ、同年11月21日付の全英シングルチャートにおいて、見事に第1位を獲得するという成功を収めました。彼の生前に全英1位を獲得したシングルは「見張塔からずっと」のみであり、この「ヴードゥー・チャイル」は彼の死後に初の全英1位となった楽曲でもあります。

「ヴードゥー・チャイルド (スライト・リターン)」は、ジミ・ヘンドリックスの革新的なギターテクニック、特にワウペダルの表現力の可能性を世界に示した楽曲として、今なお多くのギタリストやミュージシャンに影響を与え続けています。その証拠に、数多くのアーティストによってカバーされています。主なカバー・バージョンには、スティーヴィー・レイ・ヴォーン（アルバム『Couldn't Stand the Weather』1984年、ライブ盤『Live Alive』1986年）、デヴィッド・トーン（アルバム『Door X』1990年）、アフリカの歌姫アンジェリーク・キジョー（アルバム『Oremi』1998年）、速弾きギタリストのイングヴェイ・マルムスティーン（アルバム『The Genesis』2002年）、ファンク・バンドのアース・ウィンド・アンド・ファイアー（トリビュート・アルバム『Power of Soul: A Tribute to Jimi Hendrix』2004年）、そしてアイルランド出身のブルースギタリスト、ゲイリー・ムーア（ライブ盤『Blues for Jimi』2012年）などが挙げられます。

この楽曲は、単なるロックソングとしてだけでなく、エレクトリックギターという楽器の表現力を限界まで押し広げた芸術作品として、音楽史に燦然と輝き続けています。

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