一万人のキリスト教徒の殉教 (デューラー)

アルブレヒト・デューラー「一万人のキリスト教徒の殉教」

アルブレヒト・デューラーが1508年に制作した油彩画「一万人のキリスト教徒の殉教」は、ウィーン美術史美術館に所蔵されています。この作品は、ルネサンス期の巨匠デューラーがフリードリヒ3世（賢明公）から依頼された最後の絵画であり、その主題もフリードリヒによって定められました。

作品の特徴

この絵画は、無数の裸体や着衣の人物たちがひしめき合うように描かれており、一見すると探し絵のような印象を受けます。背景には、節くれだった樹木や密林のような植生が描かれ、デューラーの他の作品とは異なる独特の雰囲気を持っています。描かれているのは、ローマ皇帝ハドリアヌス帝の時代に起こったとされる、一万人の兵士たちの殉教の場面です。彼らは、斬首、磔、骨を砕かれるなど、様々な方法で処刑されています。岩山の上に追い立てられ、深淵へと突き落とされる人々も描かれています。

画面の中央には、これらの惨劇とは一線を画す二人の人物が描かれています。一人はデューラー自身であり、もう一人は老齢の男性です。この人物は、人文主義者の詩人コンラート・ケルティス、またはデューラーの友人ヴィリバルト・ピルクハイマーであるという説がありますが、なぜこの場面に登場しているのかは明確ではありません。デューラーが掲げるカルテリーノには、「ドイツ人アルベルトゥス・デューラーが1508年に描いた」という文言と、彼のモノグラムが記されています。

歴史的背景

この絵画の歴史的背景には、アルメニアのアカティウスと9千人の兵士たちが、ハドリアヌス帝との戦いの後、キリスト教に改宗したという逸話があります。彼らはハドリアヌス帝抜きで反乱を鎮圧しましたが、後に裏切りに遭い、捕らえられてしまいます。彼らが信仰を捨てなかったため、皇帝配下の兵士たちの中からさらに千人が洗礼を受け、殉教しました。この話は史実としては確認されていませんが、十字軍に参加した兵士たちから信仰を集めていました。また、別の説では、343年にペルシア帝国で起こったキリスト教徒迫害における出来事だとも言われています。

デューラーはこの虐殺を、歪曲された形で表現しました。画面には、1万人の殉教者ではなく、約60人の殉教者と迫害者が描かれています。これは、デューラーの作品の中でも人物が最も多く描かれた作品の一つです。

美術史的観点

美術史家ハインリヒ・ヴェルフリンは、デューラーがこの題材を選んだことを「残念」だと評しています。彼は、画家が献身的にこの絵に取り組み、裸体、動き、空間などの表現を試みた点を指摘しつつも、「このような不正義」に対する嫌悪感を示しています。

一方、『Kindlers Malerei-Lexikon』（キンドラーの絵画辞書）では、この作品を「＜代表作にして不思議な作品＞」と評し、色使いの硬さや殉教の姿を精緻に描いた残酷さを指摘し、現代の鑑賞者には鑑賞が難しいと述べています。

制作の経緯

この主題は、中世後期の美術ではほとんど取り上げられていませんでした。デューラーは、既に1496/1497年に木版画で「一万人の殉教」を制作していました。油彩画は、ヴィッテンベルクの城教会に設けられたフリードリヒ3世の聖遺物コレクションに納めるために制作が委嘱されたと考えられています。デューラーは1507年にこの作品の制作を委嘱され、280ギルダーを受け取りました。

この作品の制作と同時期に、デューラーはフランクフルトの織物商ヤコブ・ヘラーから「ヘラー祭壇画」の注文も受けています。

ヨハン・クリスティアン・ループレヒトが1653年に制作した模写が、ウィーン美術史美術館に所蔵されています。

まとめ

デューラーの「一万人のキリスト教徒の殉教」は、その複雑な構成と残酷な描写によって、見る者に強烈な印象を与える作品です。歴史的背景、美術史的観点、制作の経緯など、多角的な視点から考察することで、この作品の深みを理解することができます。

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