七段目

『七段目』（しちだんめ、または「ひちだんめ」とも）は、古典落語の演目の一つに数えられます。芝居噺に分類され、江戸落語と上方落語の双方で広く演じられており、江戸では『役者息子』という別題で知られることもあります。

この噺の中心となるのは、芝居、特に歌舞伎に並々ならぬ情熱を注ぐあまり、家業を顧みず、私生活まで芝居の言動に染まってしまった商家の若旦那です。彼の日常は常に芝居がかっており、些細な振る舞いさえも芝居の型や台詞回しになってしまうという人物像が描かれます。

ある日、若旦那が芝居見物から遅く帰宅した際に、日頃の行いを案じる父親（旦那）に厳しく叱られます。しかし、若旦那は叱責に対しても芝居の登場人物のような返答を繰り返し、父親は呆れ果ててしまいます。ついには父親が手を出してしまうと、若旦那はさらに芝居じみた苦痛の表現を見せ、事態は一層滑稽な様相を呈します。若旦那は父親に2階へ追いやられますが、そこでなおも大声で芝居の掛け声を発し続けます。

困り果てた父親は、丁稚の定吉に2階へ行って若旦那を静めるよう命じます。しかし、実は定吉も若旦那に負けず劣らずの芝居好きでした。若旦那の元へ行った定吉は、諫めるどころか芝居風の口調で応じ、結局二人で即興の芝居を始めることになります。

二人が選んだ題材は、歌舞伎の最も有名な演目の一つ、『仮名手本忠臣蔵』の「七段目」にあたる「祇園一力茶屋の場」です。噺の題名はこの場面を取り上げていることに由来します。定吉はお軽役、若旦那は平右衛門役を演じることになり、定吉は女装までさせられます。芝居が進むにつれ、平右衛門役の若旦那が役柄に必要な刀がないのはおかしいと言い出し、床の間に飾ってある日本刀を持ってこさせようとします。しかし定吉は本物の刀を怖がります。若旦那は刀の鞘の口を紙縒で結び、柄を下げ緒で厳重に縛り付けることで、刀が抜けないように細工をし、定吉を安心させて刀を持たせます。

芝居が佳境に入り、若旦那が役に入り込みすぎると、様子がおかしくなってきます。刀の固定をあっという間に引きちぎり、抜き身の刀を振りかざして定吉に迫るのです。命の危険を感じた定吉は慌てて逃げ出し、その拍子に階段から足を踏み外して転げ落ちてしまいます。

そこへ父親が駆けつけ、倒れている定吉に声をかけます。定吉は、転落の衝撃からか、まだ芝居の世界から抜け出せていないような返答をします。父親が「どうした、どこから落ちたんだ」と尋ねると、定吉が「七段目」と答える、というのがこの噺の一般的な落ちとなります。ただし、古い形では落ちが異なる場合もあったようです。例えば、文政12年（1829年）に刊行された落語集に収められた初代林家正蔵による「芝居好」では、「七段目で落ちたのか」「いえ、てっぺんから」という落ちになっていたと伝えられています。

この噺のルーツについては、安永5年（1776年）の小咄集に、人形芝居（文楽）の木戸番が階段から落ち、「三段目」と答える話が見られることから、古くから同様の趣向が存在したことがうかがえます。

主な演者としては、東京では2代目三遊亭円歌、春風亭小朝などが知られ、上方では2代目立花家花橘、桂吉朝などが得意としました。また、5代目桂米團治は、父である3代目桂米朝があまり演じなかったこの噺を自身の持ちネタとし、好評を得たことで、独自のスタイルを確立するきっかけになったと語っています。

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