万暦染付の花瓶に生けた花

作品の概要

ヤン・ブリューゲル（父）が1610年から1615年頃に制作した油彩画「万暦染付の花瓶に生けた花」は、バロック期のフランドル絵画を代表する作品の一つです。この作品は、中国の明時代、万暦年間に景徳鎮で作られた染付の花瓶（実際はケンディと呼ばれる水差し）に生けられた花々を描いた静物画です。現在、この絵画はデン・ハーグのマウリッツハイス美術館に所蔵されています。

作品の詳細

この絵画では、12種類の花が繊細に描かれています。大輪のピンクと白のバラ、そして白やピンク、黄色が混ざり合う美しいチューリップが目を引きます。その間には、スイセンやワスレナグサといった小さな花々や、野草、ハーブが添えられています。ブリューゲルの他の花卉画と比較すると、本作は花の種類は少ないものの、その描写は非常に繊細で、花々の美しさを際立たせています。花瓶として使われているケンディには、植物模様とともに、正面にバッタが描かれています。また、画面のあちこちには小さな昆虫たちが描かれており、スイセンの花には小さな蝶が、白いバラのつぼみには緑色のトンボが、テーブルの上にはテントウムシが確認できます。

生命の儚さ

ブリューゲルは、美しい花々と小さな昆虫を描くことで、生命の儚さと無常さを表現しようとしました。特に蝶は、古くから死者の魂を意味し、幼虫から蛹を経て成虫になることから、キリスト教美術では魂の復活の象徴とされてきました。本作では、蝶がキリストの復活を象徴していると考えられます。ブリューゲルは、花々の美しさと昆虫たちの生命のサイクルを通じて、人間の魂の不死と再生というテーマを静かに語りかけているのです。

作品の来歴

「万暦染付の花瓶に生けた花」は、1930年にデン・ハーグの美術商によって発見され、後にクリスティアヌス・テオドルス・フランシスカス・サーコウ夫妻の手に渡りました。夫人の死後、1987年にマウリッツハイス美術館に遺贈され、現在に至ります。

ヴァリアント

この作品にはいくつかのヴァリアントが存在します。これらの作品は、同じ万暦染付の水差しを同じ角度から描き、花や昆虫の種類、配置にわずかな変更が加えられています。例えば、ロンドンの美術商リチャード・グリーンのバージョンや、デン・ハーグの個人コレクションのバージョンでは、画面左下にマウリッツハイス美術館版と同じ白い花をつけた枝が描かれています。また、プラド美術館のバージョンは王室コレクションに由来し、同美術館には、同じ構図でテーブルの上にクワの葉、蚕の幼虫、繭、蛹、成虫が描かれた作品も所蔵されています。これらのヴァリアントの存在は、この作品が当時の人々にとって、いかに魅力的であったかを物語っています。

まとめ

ヤン・ブリューゲルの「万暦染付の花瓶に生けた花」は、精緻な描写と深い象徴性を持つ静物画であり、バロック美術における傑作の一つです。花々の美しさ、昆虫たちの生命の輝き、そしてその背後にある儚さと再生のテーマは、観る者に深い感動を与えます。また、この作品が持つ歴史的背景や複数のヴァリアントの存在も、作品の魅力をさらに深めています。

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