万載狂歌集

『万載狂歌集』：江戸狂歌隆盛の礎

『万載狂歌集』は、江戸時代天明3年（1783年）正月、須原屋伊八より刊行された狂歌集です。四方赤良と朱楽菅江が編集を行い、故人を含む232人の歌人による748首もの狂歌が、17巻にわたって収録されています。その書名は『千載和歌集』を模倣しており、部立も同書にならっています。

この歌集は、それまでの狂歌の流れを大きく変え、後の江戸狂歌の隆盛を招いた重要な作品として知られています。特に、同時期に刊行された『狂歌若葉集』とは対照的な大胆で奇抜な歌風は、多くの狂歌愛好家に新鮮な衝撃を与えました。

出版の経緯：革新と競争

明和年間（1764～1772）から狂歌は流行し、内山椿軒のもとで唐衣橘洲、四方赤良らが和歌・狂歌を学んでいました。明和6年からは橘洲宅で狂歌会が開かれ、四方赤良、平秩東作、元木網、その妻の智恵内子、浜辺黒人らが集まり、盛んに歌を詠み交わしていました。

天明になると、浜辺黒人が『初笑不琢玉』や『栗野下風』といった狂歌集を出版。これに触発された橘洲と赤良は、それぞれ独自の狂歌集の刊行を計画します。

天明2年、橘洲、東作、木網らは、69人840首による『狂歌若葉集』の出版を予定していました。しかし、赤良は、橘洲らの上品な歌風とは異なる、大胆で奇抜な歌風を志向。古来より名高い狂歌も取り入れ、主題別に編集した狂歌集を編纂しました。それが『万載狂歌集』です。

『狂歌若葉集』と『万載狂歌集』は、どちらも天明3年正月という同時期に刊行されましたが、後世に大きな影響を与えたのは『万載狂歌集』でした。その2年後には続編『徳和歌後万載集』が刊行され、天明期の狂歌の作風が確立されたと言えるでしょう。一方、橘洲は、この競争の後、狂歌界から一時身を引くことになります。

部立：和歌集にならった構成

『万載狂歌集』の部立は『千載和歌集』にならって構成されています。

1, 2巻：春
3巻：夏
4, 5巻：秋
6巻：冬
7巻：離別
8巻：羇旅
9巻：哀傷
10巻：賀
11, 12巻：恋
13, 14巻：雑
15巻：雑体
16巻：釈教
17巻：神祇

収録作家と代表歌

『万載狂歌集』には多くの歌人が参加していますが、特に収録数の多い作家には、四方赤良（55首）、平秩東作（37首）、唐衣橘洲（36首）、布留田造（32首）、朱楽菅江（30首）などがいます。

以下、代表的な作家とその歌を紹介します。それぞれの歌は、古典和歌を踏まえたものや、当時の世相を反映したものなど、多様な表現が見られます。

雄長老（1535-1602）：禅僧。
> いつはりのある世なりけり 神無月貧乏神は身をもはなれぬ

松永貞徳（1571-1653）：貞門派俳諧の祖。
> さほ姫のすそ吹返し やはらかなけしきをそゝと見する春風

石田未得（1587-1669）：両替商。
> 山人は冬ぞひもじさまさりけん あえ物草もかれぬと思へば

布留田造（寛文年間没）：大和郡山藩士。
> ほとときすなきつるかたをながむれば ただあきれたるつらぞのこれる

樋口関月（1702-1763）：詳細不明。
> 八はしを見んと思へど 高いびきかきつばたにて跡になり平

白鯉館卯雲（1708-1783）：幕臣。
> さびしさに抱えていとまやりにくし 火桶は老の妾同然

元木網（1724-1811）：画名高嵩松。
> 吹く風に虱（しらみ）こぼれて をみなへし落にきても人にたかるな

平秩東作（1726-1789）：馬宿・煙草屋。
> そしてまた おまえいつきなさるの尻 あかつきばかりうき物はなし

山手白人（1737-1787）：幕臣。
> さかづきを月よりさきにかたぶけて まだ酔ひながらあくる一樽

算木有政（-1794）：魚商。
> いただくや3合4合7合と 段々のぼるふじのさかづき

朱楽菅江（1740-1799）：幕臣。
> 南無阿弥陀ふつとさとりし発心に鬼もさっそく滅無量罪

花道つらね（1741-1806）：歌舞伎役者。
> たのしみは春の桜に秋の月 夫婦なかよく三度食ふめし

唐衣橘洲（1744-1802）：田安家家臣。
> 月見酒 下戸と上戸の顔見れば 青山もあり赤坂もあり

四方赤良（1749-1823）：幕臣。『万載狂歌集』の主編者。
> あなうなぎいづくの山のいもと背を さかれてのちに身をこがすとは

鹿津部真顔（1753-1829）：汁粉屋。
> しら雪のふる借銭の年つもり はらはで家も横にねにけり

加保茶元成（1754-1828）：吉原大文字屋の店主。
> いつのまにか色づきそめしほおづきを 人のちぎらんことをしぞ思ふ

青陽（-1820）：浮世絵師。
> ありあひの小さく見えし茶碗より 盃ばかりよきものはなし

遊女たが袖：吉原大文字屋の遊女。
> わすれんとかねて祈りし紙入れの などさらさらに人の恋しき

紀野暮輔：詳細不明。
> 見わたせば金もおあしもなかりけり 米櫃までもあきの夕暮

（読み人知らず）
> おふじさん雲の衣をぬがしゃんせ 雪のはだえが見とうござんす

これらの歌は、当時の社会風俗や、作者たちの心情を反映しており、現代においても多くの示唆を与えてくれます。

『万載狂歌集』の意義

『万載狂歌集』は、単なる狂歌集としてだけでなく、江戸時代の文化史、特に狂歌史において重要な位置を占めています。大胆な歌風と編集方針は、後の狂歌の発展に大きな影響を与え、江戸狂歌の隆盛を築いたと言えるでしょう。また、多くの歌人の作品が収録されているため、当時の狂歌文化の多様性を知る上でも貴重な資料となっています。

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