三橋美智也民謡の世界

「三橋美智也民謡の世界」は、日本の歌謡界を代表する歌手、三橋美智也が1978年に発表した記念碑的なアルバムです。彼の歌手生活25周年を記念する特別企画として制作され、単なるベスト盤ではなく、日本の豊かな民謡文化を体系的に記録しようという意欲的な試みでした。この作品は、北海道から沖縄に至るまで、日本全国津々浦々に伝わる70曲の民謡を網羅し、5枚組の壮大なボックスセットとしてリリースされました。

アルバムは、以下の5つのディスクで構成されています。

その１・その２・その３「ふるさとの歌」

ディスク1から3にかけては、「ふるさとの歌」と題し、日本の各地に根付いた伝統的な民謡が多数収録されています。北は北海道の勇壮な「ソーラン節」から、青森県の魂を揺さぶる「津軽じょんがら節」、秋田県の素朴な「秋田おばこ」、岩手県の勤労歌「南部牛追唄」、山形県の賑やかな「花笠音頭」といった東北地方の曲。そして、関東地方の祭り歌や労働歌、中部地方の風光明媚な情景を歌った曲など、それぞれの地域の特色を色濃く映した楽曲が続きます。西日本に目を向けると、近畿地方の情緒あふれる子守唄や踊り歌、中国地方の漁師歌や舟唄、四国地方の祭りの歌、そして九州地方の力強い歌や哀愁を帯びた子守唄などが収められています。南は沖縄県の代表的な民謡「安里屋ユンタ」で締めくくられ、まさに日本列島を音で旅するような構成となっています。各県の代表曲がバランス良く選ばれており、当時の日本の民謡地図を鳥瞰できる貴重な記録と言えるでしょう。

その４「新民謡」

ディスク4は、既存の民謡とは異なり、現代に創作された「新民謡」を集めたものです。三橋美智也自身が作曲を手がけた楽曲や、名だたる作詞家や作曲家によって生み出された民謡風の作品が収録されています。これらの楽曲は、伝統的な民謡の形式を踏まえつつも、新しい感性や現代的なテーマを取り入れているのが特徴です。例えば、「北海流れ節」には津軽海峡やニシン漁の情景、「新とうきょう音頭」には上野、銀座、池袋、隅田川など、東京各地の名所が登場します。「信州四季めぐり」では美ヶ原や上高地といった長野県の自然が、「瀬戸の船唄」では音戸の瀬戸や鞆の浦、「みちのく六人ばやし」では津軽、十和田、八幡平など東北各県の祭りや風物が描かれています。また、「四国めぐり」では讃岐、阿波、土佐、伊予の風景が、「火の国節」では桜島や無法松、「北陸唄めぐり」では蓬莱島や輪島、越中おわらなど、各地の地名や文化が歌詞に織り込まれており、創作民謡でありながら日本の多様な地域性を感じることができます。これらの楽曲では、三味線奏者を含む一流の邦楽家やアレンジャーが参加しており、豊かな演奏と共に楽しむことができます。

その５「津軽三味線」

最後のディスク5は、三橋美智也の得意とする津軽三味線の演奏に焦点を当てた内容です。歌手としての人気を確立する前から津軽三味線の演奏家としても活動していた三橋は、その卓越した技量で多くの聴衆を魅了しました。このディスクには、「津軽じょんがら節（新節・旧節）」をはじめ、「津軽三下り」、「津軽あいや節」、「津軽よされ節」、「十三の砂山」といった津軽地方を代表する三味線楽曲が収録されています。さらに、即興演奏の要素が強い「津軽曲弾き」や、地域色の濃い「弥三郎節」「鰺ヶ沢甚句」「津軽タント節」なども収められており、三橋美智也の高度な三味線テクニックと表現力を存分に堪能することができます。彼の三味線は、単なる伴奏に留まらず、楽曲の主旋律としても聴き応えのある力強い演奏であり、このディスクはその魅力を凝縮した一枚と言えるでしょう。

この「三橋美智也民謡の世界」は、日本の民謡という広範な文化遺産に、一人の偉大な歌手・演奏家の視点から光を当てた貴重な記録です。全国各地の多様な民謡、伝統を受け継ぎつつ新しく生まれた創作民謡、そして三橋美智也自身の魂が込められた津軽三味線の響き。これら全てが結集されたこのボックスセットは、日本の音楽史においても重要な位置を占める作品であり、今なお多くの人々に聴き継がれています。それは、単に過去の音楽を収集しただけでなく、民謡という形のない文化を、未来へ確かに受け継ぐための試みであったと言えるでしょう。

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