三田製紙所

三田製紙所：日本の洋紙製造黎明期の光と影

三田製紙所は、1875年（明治8年）に東京の芝区三田小山町（現在の港区三田1丁目）に設立された製紙会社です。日本の洋紙製造業において、有恒社に次いで早い時期に創業し、蓬萊社、抄紙会社（後の王子製紙）と並び、黎明期を支えた重要な存在でした。

明治初期の製紙業の隆盛

明治維新後、日本国内で洋紙の需要が高まり、各地で製紙会社設立の動きが活発化しました。1872年（明治5年）には、旧広島藩主の浅野家が有恒社を設立。その後、東京王子の抄紙会社、大阪の蓬萊社、京都のパピール・ファブリック、神戸の神戸製紙所などが相次いで開業準備を進めました。これらの初期の製紙会社は、有恒社を皮切りに続々と操業を開始しました。

当時の洋紙製造における主要な原料は古着や木綿の古布である襤褸（ぼろ）でした。そのため、各社は襤褸を入手しやすい大都市に工場を構えるのが一般的でした。木材パルプが紙の原料として利用されるようになるのは、明治20年代以降のことです。

同時期に、アメリカ人貿易商のウイリアム・ドイルは、日本における製紙業の将来性を見込み、アメリカ製の54インチ丸網抄紙機を輸入していました。

三田製紙所の設立と初期の事業

1874年（明治7年）、外務書記官の川路寛堂が、ドイルを日本橋蛎殻町の米商会所（米穀取引所）の頭取であった林徳左衛門に引き合わせました。林は当初、製紙業に関心を持っていませんでしたが、政府から地券用紙の大量発注が見込まれること、そして川路への義理から、ドイルとともに製紙会社を設立することを決意します。

林は東京三田の工場敷地と建物（評価額75,000円）を、ドイルは機械類（評価額75,000円）を現物出資し、1875年（明治8年）に三田製紙所が開業しました。三田製紙所では、アメリカ人技師エム・ゼ・シェーを招聘し、技術指導を仰ぎました。また、林の甥でアメリカ留学中だった村田一郎に製紙技術を学ばせ、帰国後に副社長に任命しました（村田は後に富士製紙の第二代社長となり、日本の製紙業界で名を成します）。

三田製紙所は、現在の東京都港区三田1丁目、一の橋と二の橋の中間、古川に面した場所に位置していました。

地券用紙の特需と経営危機

1876年（明治9年）、ドイルが破産し、林に三田製紙所の機械類を買い取ってくれるよう依頼しました。政府が地券用紙を大量に注文するにあたり、三田製紙所を印刷局の御用工場とする条件で融資を受け、75,000円を借り受けました。政府は債権を回収するため、三田製紙所に大量の地券用紙を発注しました。当時、政府は全国の土地一筆ごとに地券を発行する大事業を計画しており、用紙の需要が非常に高かったのです。

この需要は三田製紙所一社だけでは到底賄いきれないほどであり、林は同業他社にも地券用紙の製造を依頼しました。開業間もない製紙各社は不況に苦しんでいましたが、この特需によって経営が潤いました。

短命に終わった三田製紙所

1880年（明治13年）までは地券用紙の製造で経営は安定していましたが、その製造が終了すると、林は大阪の蓬莱社中之島工場を経営していた真島襄一郎に三田製紙所を売却しました。真島はこれを真島第二製紙所として経営しましたが、不況は深刻化し、燃料の石炭価格が高騰したため、1882年（明治15年）8月、真島は林に三田製紙所を買い戻しました。しかし、林も製紙業を再開する意思はなく、大韓帝国の金玉均に製紙機械を売却し、東京三田での製紙業は終わりを告げました。金玉均に引き渡された製紙機械は、その後の朝鮮国内の混乱により、ソウルで錆び付いてしまったと伝えられています。

三田製紙所は、日本の洋紙製造の黎明期において、重要な役割を果たしましたが、その歴史は短く、波乱に満ちたものでした。しかし、その存在は、日本の製紙業の発展に貢献したことは間違いありません。

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