下山大工

下山大工とは

下山大工（しもやまだいく）は、甲斐国（現在の山梨県）の巨摩郡下山村（現在の南巨摩郡身延町下山）を拠点とした大工集団です。戦国時代から江戸時代にかけて、甲斐国を中心に広範囲で活躍しました。彼らは、寺社建築や城郭普請など、多様な建築物を手がけ、その技術力は高く評価されています。

下山と甲斐国における大工集団

下山大工が本拠とした下山は、甲斐国南部の河内地方に位置する山間部です。富士川が南北に流れ、戦国時代には河内領主の穴山氏が拠点を置いていました。中世には身延山久遠寺が創建され、江戸時代には門前町として栄えました。

甲斐国では、室町時代から戦国時代にかけて、番匠（ばんじょう）と呼ばれる建築職人や、檜皮大工（ひわだいく）といった屋根職人の活動が見られました。甲斐国では、他国からの番匠の流入が少なく、国内に居住する番匠が多かったとされています。

戦国時代の河内領では、番匠大工頭の源三左衛門（げんさざえもん）が活躍していました。彼は下山村に居住し、穴山氏から普請の命令を受けていたことが記録されています。

中世から近世にかけては、駿州往還（河内道）が通過し、江戸時代から明治初期には富士川舟運も盛んでした。これらの交通路は、下山大工の活動範囲を広げる上で重要な役割を果たしました。

近世になると、甲斐国では下山大工の他にも、甲府城下町に住む町方大工や、村々に住む在方大工、寺社の境内に住む寺内大工など、様々な大工集団が存在しました。これらの大工集団は、それぞれ職域を守り、相互に対立することもありました。

中世期の下山大工

下山大工は、石川家と竹下家を中心とした在方大工集団でした。両家は、戦国時代に河内地方を領した穴山氏の城下町である下山に居住し、穴山氏から諸役免除を受けていました。このことから、彼らは役引大工としての由緒を持っていたと考えられます。

石川家は、駿河国の大石寺本堂の造営に携わったという伝承があり、近世にも堂塔造営を行っていました。静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社楼門の左神像には、慶長19年（1614年）に石川家が造営に携わったという銘文があり、中世には既に広域で活躍していたことがわかります。

近世の下山大工

近世の農民は、農業の傍ら、様々な副業を行っていました。河内地方は、耕地が少なく、林産資源の活用や、富士川舟運、駿州往還沿いの輸送業、そして大工稼業が盛んでした。文政6年（1823年）の「大工仲間人別帳」には、河内・甲府周辺で1054人の下山大工が登録されています。また、河内地方には、日蓮宗の総本山である身延山久遠寺があり、その造営を専門とする身延大工も存在しました。

下山大工の活動

下山大工の活動範囲は広範囲に及び、江戸の白金御殿や駿府城の普請にも携わりました。甲斐国内では、甲斐善光寺の山門や本堂、諏訪神社本殿など、数多くの文化財の建築を手がけました。特に、装飾彫刻を特徴とする建築を得意としていました。

山梨県内に残る棟札の調査によれば、下山大工の活動は、甲斐国内では国中地方の中心部で特に顕著でした。17世紀までは、甲府町方大工が主流でしたが、18世紀以降、甲斐国が幕府直轄領になると、下山大工が国中へ進出し、甲府町方大工を凌駕するようになりました。

本拠地である河内地方では、下山大工の棟札は少なく、減少傾向にあります。一方、身延大工は久遠寺の造営を続けており、他の在方大工も成長を見せました。このことから、下山大工は18世紀以降、地元よりも国中を中心に広域で活動するようになったと考えられます。

甲斐東部の郡内領では、郡内大工仲間が排他的な職域を維持していたため、下山大工の進出は見られませんでした。

下山大工の抗争

安永7年（1778年）の甲府城内修復工事を巡り、下山大工の内部で抗争が起こりました。竹下家と石川家が普請を請け負ったことに対し、反対派が両家を訴えたのです。反対派は、甲府町方大工や他の在方大工を動員し、竹下・石川両家が国中の大工を統括することを危惧しました。この訴訟の結果、天明2年（1782年）には下山大工の支配権が否定されています。

また、下山大工も他の大工集団と同様に、聖徳太子を職能神とする太子講を組織していました。しかし、下山大工の内部抗争により、太子講も分裂しました。その後、抗争を機に見直され、太子講は統一されました。

文化4年（1807年）には「大工仕法之事」、文化6年（1809年）には「万歳太子講」の大工仲間定書を制定し、作料金を定めました。この定書は、下山村周辺だけでなく、広域的な在方大工集団にも受け入れられました。

作品

重要文化財

善光寺本堂（寛政8年・1796年） - 石川共重
善光寺山門（明和4年・1768年） - 石川久左衛門
旧睦沢学校（明治8年・1875年） - 松木輝殷

登録有形文化財

旧山梨田中銀行（明治31年・1898年） - 松木輝殷

山梨県指定文化財

諏訪神社本殿（寛政3年・1793年） - 土橋茂祇
大善寺山門（寛政10年・1798年） - 土橋茂祇
佐久神社本殿（文久2年・1862年） - 松木運四郎、松木佐内

その他

金櫻神社神楽殿 - 石川共重、石川七郎左衛門

脚注

参考文献

伊藤裕久「在方の大工」『山梨県史 通史編3 近世1』
加藤為夫「下山大工」『甲斐路』（第80号、1994年8月）
柴辻俊六「源三左衛門」柴辻俊六・平山優・黒田基樹・丸島和洋編『武田氏家臣団人名辞典』東京堂出版、2015年
白水智「産業の発達と物資の流通」『山梨県史 通史編2 中世』山梨県、2007年

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