下緒

下緒（さげお）

下緒とは、日本刀の鞘に取り付けて使用する紐のことです。主に打刀の刀装（拵）に用いられるものを指し、腰に佩いて用いる太刀（たち）の刀装に付けられる紐は「太刀緒（たちお）」、あるいは「佩緒（はきお）」として区別されます。また、短刀に用いられる下緒の一部には、端が数本に分かれた形状のものがあり、これらは特に「蛸足下緒（たこ（の）あしさげお）」と呼ばれていました。

なお、「刀緒」と表記されることがありますが、「刀緒」は通常「とうちょ」と読み、明治時代以降の軍刀に用いられた装飾的な紐である軍刀緒を指します。下緒の意味で「刀緒」と表記するのは誤用にあたるため注意が必要です。加えて、近現代の軍服や公的な制服に装着される「飾緒（しょくちょ、かざりお）」を指して下緒や下げ緒と呼ぶ例がありますが、これも本来の下緒とは異なり、俗称とされています。

概要と用途の変遷

下緒の素材としては、主に絹で織られた平たい組紐が使われましたが、刀装によっては平らな革紐や、革を袋状に縫い合わせた革紐も用いられました。もともと日本では、特に大刀や太刀といった刀剣を腰に結び付けて携行するための紐として機能していました。

しかし、鎌倉時代から室町時代にかけて、戦闘用の刀の主流が変化します。腰から吊り下げる形式から、腰帯に差して用いる打刀様式の刀が普及すると、下緒の主な役割も変わりました。鞘を腰帯にしっかりと固定し、予期せず刀が奪われることを防ぐため、また刀を抜いた際に鞘が帯から抜け落ちないように帯に括り付けるためのものとなったのです。

さらに打刀の普及が進み、刀装の形状が洗練されるにつれて、刀を抜いた際に鞘も一緒に抜けることを防ぐための工夫として、鞘の差表に「返角（かえりつの）」と呼ばれるフック状の部品が取り付けられるようになります。抜け止めとしては返角の方がより有効であったため、下緒の抜け止めとしての役割は補助的なものへと変化しました。以降、下緒は単に刀を腰帯に結び付けるためだけでなく、以下のような様々な状況に応じて活用できる付属物となっていきました。

必要に応じて鍔（つば）や柄（つか）に輪状に結び付け、刀を取り落とさないための「手貫緒（てぬきお）」として使用する。
鞘と鍔、あるいは柄を結び、不意に刀が抜けるのを防いだり、刀を抜く意思がないことを他に示す。
柄巻（つかまき）が切れたり、本来の柄巻だけでは手が滑りやすい場合に、柄紐の代わりとして巻く。
着物の袖などが邪魔になった際に、裾や袖をまとめるために用いる。

このように、下緒は「刀を使う際に紐が必要になった場合に、臨機応変に活用できる付属品」としての性格を強めていきました。江戸時代に著された武術に関する書物には、下緒の多様な使用法に関する記述が見られます。これらの記述が当時の実践を正確に反映しているかについては定かではありませんが、下緒が幅広い用途を持つ刀の付属品として認識されていたことがうかがえます。

下緒は、たとえ「有用ではあるが必須ではない」と見なされることがあっても、刀装から姿を消すことはありませんでした。また、多様な色で染められたり、複数の色の糸で複雑な紋様が織り込まれたりと、色彩や柄の装飾性が追求され、装飾美術品としても発展しました。日本刀が実用的な武器としてではなくなった近代以降も、下緒は日本刀の刀装品として重要な位置を占めています。

材質

下緒に用いられる素材には、古くから絹や皮革（主に鹿革）が使われてきました。身分の低い足軽などが実用本位で用いた安価な刀装には、苧麻（ちょま、カラムシ）製のものもありました。戦国時代後期（16世紀末頃）に日本国内での木綿生産が本格化すると、木綿製の下緒も使われるようになります。

太刀緒には、長い間、革を燻（いぶ）して耐久性を高めた燻革（ふすべかわ）を袋状に縫い合わせた革緒が使われていました。室町時代中期頃までは、太刀本体と太刀緒を繋ぐ「足緒（あしお）」と呼ばれる部分も含めて、燻革緒が一般的な太刀緒として用いられていました。
現代では、人絹（レーヨン）製の下緒も流通しており、主に模擬刀用として用いられています。

種類

下緒には、組紐を用いたものと皮革を用いたものがあります。組紐の下緒には、その組み方（打ち方とも）によって非常に多くの種類が存在しました。

主な組紐の種類：

平打（ひらうち）：貝乃口組（かいのくちぐみ）とも呼ばれ、最も広く用いられた一般的な様式です。
亀甲組（きっこうぐみ）：平打の一種で、多色の糸を用いて亀甲形の織り文様が現れるように組まれたものです。太刀緒に多く見られ、江戸時代以降の陣太刀様式の刀装には規則として亀甲組の太刀緒が用いられました。
繁打（しげうち）：重打（しげうち）、重組（しげくみ）とも呼ばれ、厚手で織り目がはっきりと目立つ組紐です。天正期の刀装によく使われました。
畝打（うねうち）：畝組（うねぐみ）とも呼ばれ、縦方向に筋状の織り目が現れる組み方です。
片畝打（かたうねうち）：畝打の一種で、筋目が一方向のみに現れる組み方です。戦国時代から用いられ、肥後藩の藩士に多く見られました。
笹波打（ささなみうち）：笹浪組（ささなみぐみ）とも。V字型が連続する矢羽根のような織り文様が現れる組み方です。
竜甲打（りゅうこううち）：竜甲組、龍甲打（組）とも呼ばれます。中央部に角織の筋目が現れる組み方で、その名称から武芸者に好まれました。尾張藩で日常差しとされた尾張拵には必ず用いられた下緒です。
唐打（からうち）：唐組（からくみ）とも。多色の糸を用いて、菱形の文様が連続するように組まれたものです。儀礼用の太刀や金装飾の短刀など、高級な刀装に多く用いられました。
高麗打（こうらいうち）：高麗組（こうらいぐみ）とも。目が細かく、家紋や文字などを自由に組み込むことができる組み方です。製作に手間がかかるため高価であり、高級な刀装の下緒として用いられました。

組紐の他に、絹の組紐を芯にして錦布で包んだものもありました。これは桃山時代の華やかな刀装に多く用いられた他、陣太刀にも使われました。

結び方

下緒の鞘への取り付け方は主に二通りあります。一つは鞘の差表（外側）にある栗形（くりがた）と呼ばれる突起に通す方法、もう一つは同じく鞘の差表に取り付けられた小さな金輪に通す方法です。太刀の場合は、鞘に設けられた二つの足金物（あしかなもの）という金具に、帯取（おびとり）または足緒（あしお）と呼ばれる革の緒を通し、その足緒に太刀緒を通して用いました。

下緒の鞘への結び方にはいくつかの伝統的な様式が存在し、江戸時代には諸藩や剣術の流派によって結び方が定められていることが一般的でした。現代の居合道の流派の中にも、独自の結び方を流派の特徴として継承している例が多くあります。

主要な下緒の結び方：

正式結び（せいしきむすび）：正結び（せいむすび）、蝶結び（ちょうむすび）とも呼ばれます。下緒の結び輪が片方のみ（通常は鯉口側）になるように結びます。江戸時代にはこれを正式な結び方としました。見た目が美しいだけでなく、下緒の端を引けばすぐに解くことができるため、実用性も兼ね備えていました。
大名結び（だいみょうむすび）：浪人結び（ろうにんむすび）とも呼ばれます。下緒の結び輪が左右両方にできる結び方です。正式結び以上に華やかな見た目ですが、一度解くと結び直すのに手間がかかるため、実用よりは刀を飾るのに適しています。「浪人結び」という呼び名には、浪人は実用として刀を使う機会が少ないため、見た目だけを重視したのだろうという揶揄が込められているとされます。
熨斗結び（のしむすび）：下緒を栗形に通した後、鞘に一巻きだけ結び、鞘に沿って直線状に伸ばし、鞘尻の近くで鞘に一巻きする結び方です。端は茗荷結びにするか、巻いた部分に結び込むか、あるいはそのまま垂らすなどの方法がありました。刀を飾る際に下緒を目立たせたい場合に好まれ、特に刀身と鞘を別々に飾る際に多く用いられました。結んだ下緒が煩雑にならず、解くのも容易なため、実用的な結び方でもありました。
太刀結び（たちむすび）：太刀の足緒に太刀緒を通した後、鞘に結び輪が両方にできるように結ぶ方法です。長い太刀緒が邪魔にならず、太刀が見栄えがするように飾る際に用いられました。打刀を佩くために長い下緒を用いて腰から下げられるように結んだ「足緒結び（あしおむすび）」を太刀結びと呼ぶ場合もあります。
短刀結び（たんとうむすび）：主に短刀の刀装に用いられました。下緒を栗形に通した後に鞘に一巻きし、残りを熨斗結びに準じて結びます。緒の端は茗荷結びとするのが一般的です。最初の鞘への一巻きの方法にはいくつか種類があります。短刀や脇差に特によく見られ、他の刀にはあまり使われませんでした。
巻結び（まきむすび）：下緒を栗形に通した後、鞘に巻き付けて端をしっかりと結び止める方法です。巻き付け方には幾通りかあります。下緒が鞘と一体化して垂れ下がらないため嵩張らず、刀装を刀箱や刀袋に収めて運搬・保管する際に用いられました。ただし、この結び方で長期間保管すると、鞘の塗りと下緒自体を傷める可能性があるため、本来は持ち運びの際に一時的に用いるべきものとされます。しかし、明治時代以降に長期保管された刀剣には、この方法で巻かれたままになっている例も数多く見られます。
茗荷結び（みょうがむすび）：下緒の端がばらけないように、先端をまとめるための結び方です。下緒を解いた際に、この結び方で端をまとめた上で帯に巻いたり、刀から垂らしたりしました。熨斗結びや短刀結びでは、緒の端を茗荷結びとすることが多いですが、正式結びの端をまとめる例もあります。「茗荷結び」の名は、結んでまとめた形が茗荷の花穂に似ていることに由来します。

実用時の下緒について

上述の結び方の多くは、刀を刀掛けに飾ったり、保管・運搬したりする際に行われるものです。実際に刀を腰に差して帯刀している場合や、刀を抜くことを前提に携行している場合には、下緒は解いて帯に巻き付けたり、端を帯に挟んだり、あるいは栗形から緩く垂らした後に鞘に軽く絡めておくのが基本的な扱い方です。漫画やイラスト、アニメーションなどの創作物（時には実写作品でも）で、刀を使用する場面で下緒が装飾的な結び方（大名結びなど）で鞘に結ばれたままになっている描写が見られますが、これらは刀を実用する上での下緒の一般的な用い方としては基本的には誤りであると言えます。

もちろん、実用中の状況でも、邪魔にならないように一時的に鞘に巻き付けておくことはありました。江戸時代末期に主に外国人によって撮影された写真の中には、鞘に下緒を無造作に巻き付けている武士の姿を捉えたものが存在します。

色彩と規定

下緒は刀装品として登場して以来、個人の趣味に応じて様々な色や紋様のものが用いられました。室町幕府や豊臣政権下では、華美すぎる刀装を禁じる法令が出されることもありましたが、当時の風俗を描いた絵図などから、厳格に守られていたわけではなかったことが分かります。

江戸時代に入り、武士階級における様々な規律が厳格に定められるようになると、下緒の色も個人の好みだけで自由に選ぶことが難しくなりました。例えば、江戸期において緋色（あけいろ）の下緒を身につけることが許されたのは、武士として最も高い身分の将軍や大名に限られていました。下緒の色については、諸藩ごとに異なった規定が存在し、明文化されていない慣習による決まり事もありました。

現代の居合道においても、下緒の色に規定を設けている流派や道場は多く存在します。「白色の下緒は師範のみが許される」「黒一色以外の下緒は有段者のみ許される」といった規律を厳格に適用している例も見られます。

下緒の色は、身分や所属を示す役割も果たしていたのです。例えば、奥州会津藩には「紐の制度」と呼ばれるものがあり、羽織の紐の色が身分によって細かく定められていましたが、下緒の色もこれに準じる形で規定されており、自分より身分の高い者が使う色を下緒に用いることは禁じられていました。

その他

現代では、和装用の帯締めを下緒として代用する例も見られます。なお、帯締めのうち組紐を用いたものは、明治時代以降に刀剣用の下緒を転用したのが始まりとされています。

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