両墓制
両墓制（りょうぼせい）とは、一人の故人に対して「埋め墓（うめはか）」と「詣り墓（まいりはか）」という二つの墓を設ける日本の伝統的な墓制習俗です。遺体を実際に埋葬する場所を埋め墓、遺体や遺骨がない墓参・供養のための場所を詣り墓と呼び分けます。この形態から「両墓制」と呼ばれており、古くから日本の葬送文化の一部をなしてきました。
この習俗は主に近世期以降に一般民衆の間で広まりました。土葬が基本であったため、火葬が一般的となった現代ではほとんど行われなくなりましたが、かつて設けられた両墓制の墓地は今なお各地に残されています。特に近畿地方に多く見られ、その地域性が顕著な習俗と言えます。
埋め墓
埋め墓は、故人の遺体を埋葬するための墓地です。多くの場合、人里離れた山林などに設けられ、土葬が基本ですが、稀に火葬した遺骨や改葬された遺骨が納められることもありました。墓標については多様な形態があり、全く墓標を設けない場合から、自然の木や石、木製の角柱、卒塔婆（そとば）を立てる場合、さらには詣り墓と同様の石塔を建てる例も見られます。集落ごとの共同墓地として利用されることが一般的で、埋葬区画には家や年齢による規則がある場合もあれば、全く決まりがなく空いている場所に埋葬したり、古い墓を掘り起こして重ねて埋葬（追葬）したりすることもありました。
埋葬後の埋め墓への墓参期間も様々で、埋葬後は一切参らない場合から、四十九日や一周忌、さらに長い場合は五年、七年といった期間を経て弔い上げを行い、その後は詣り墓へ参るようになるのが通例です。埋め墓の土を詣り墓へ持って行き、供養の象徴とする風習も存在しました。埋め墓には、ミハカ、サンマイ（三昧）、ボチ（墓地）、ヒキバカなど、地域によって様々な呼称があります。
詣り墓
詣り墓は、遺体や遺骨を伴わない、もっぱら定期的な墓参や先祖供養、盆参りのために設けられた墓地です。通常、石塔が建てられ、寺院の境内に作られることも多く見られました。石塔の種類も多様で、五輪塔や多宝塔、宝篋印塔といった仏塔から、一般的な角塔墓や笠塔婆まで様々です。遺体を埋葬する必要がないため、石塔のみが密集して並べられているのが特徴です。詣り墓には、ラントウバ（卵塔場）、ラントウ、タッチョウバ、サンマイなど、こちらも様々な呼称が存在します。
隣接両墓
両墓制は本来、埋め墓と詣り墓がある程度距離を隔てて設けられることが多いですが、中には両方の墓が比較的近い位置にある形態も見られます。これは「隣接両墓」と呼ばれ、道一本を挟んで並んでいたり、片方が高所に、もう片方が低所にあったり、あるいは同じ墓地内で区画が隣接していたりと多様です。このような形態は、一般的な単墓制（一つの場所に埋葬と墓参を兼ねた墓を設ける）との区別が曖昧になる場合があります。
琉球地方の両墓制
かつて琉球地方（沖縄・奄美など）には、独自の形式の両墓制が存在しました。これは遺体をまず風葬に付し、一定期間経過後に親族の手で洗骨（骨を洗い清めること）を行い、遺骨を厨子甕（ずしがめ、骨壷）に納めてから別の墓地に改めて埋葬するというものです。この習俗は、洗骨によって死者の穢れが清められ、祖霊として再生するという信仰に基づくものとされます。現在の琉球地方では、洗骨の前後で墓所を分けることはほとんど行われず、風葬や土葬後の洗骨・改葬も同じ墓所内で行われるのが一般的です。
発生要因
両墓制がなぜ成立・展開したのかについては、不明な点が多く、様々な説があります。代表的な考え方としては、死に対する穢れや遺体への恐怖心から、遺体の埋葬地を人里から遠い場所に設け、供養や墓参のために別に居住地の近くや寺院境内に墓地を設けたというものです。土葬における遺体の腐敗による臭気を避けたり、昔は感染症の原因が不明で遺体からの感染を恐れたり、都市部での用地不足から埋葬地を共同化・集約化せざるを得なかった一方で、家の墓としては永続的な供養の場が必要であったといった実用的な理由も考えられます。
民俗学者の柳田國男は、埋め墓において個人の埋葬地が曖昧になる例などから、死穢や魂の問題から埋め墓を本来の墓とは見なさず、詣り墓こそが本来の墓であると考え、改葬や風葬の習慣から両墓制が生まれたと論じました。一方、柳田のもとで研究した大間知篤三は、死穢を恐れる古い習俗に、死者供養のための石塔を建てる習慣が結びついて両墓制が成立したと捉えました。近世期に庶民の間で石塔を建てる習慣が広まったことや、両墓制の分布が近畿地方に偏っていることなどから、両墓制を比較的新しい習俗と位置づける見方もあります。
分布と現状
両墓制は前述の通り近畿地方に特に濃密な分布を示し、滋賀県、奈良県、京都府、兵庫県などで多くの事例が確認されています。他の地域では散在・点在しており、三重県、福井県、静岡県などに比較的多く見られる程度です。
現在、両墓制の墓地を目にすることは可能ですが、土葬の減少に伴い、多くはすでに使用されていません。特に埋め墓は地域の共同墓地として解釈されることが多く、土地利用の効率化や管理の簡便さから、埋め墓を整備して墓石を建てる単墓制の火葬墓に切り替える動きも見られます。
このように、両墓制は日本の葬送習俗の多様性を示す特徴的な形態であり、人々の死生観や祖霊信仰、地域社会のあり方などを知る上で重要な研究対象となっています。
この習俗は主に近世期以降に一般民衆の間で広まりました。土葬が基本であったため、火葬が一般的となった現代ではほとんど行われなくなりましたが、かつて設けられた両墓制の墓地は今なお各地に残されています。特に近畿地方に多く見られ、その地域性が顕著な習俗と言えます。
埋め墓
埋め墓は、故人の遺体を埋葬するための墓地です。多くの場合、人里離れた山林などに設けられ、土葬が基本ですが、稀に火葬した遺骨や改葬された遺骨が納められることもありました。墓標については多様な形態があり、全く墓標を設けない場合から、自然の木や石、木製の角柱、卒塔婆（そとば）を立てる場合、さらには詣り墓と同様の石塔を建てる例も見られます。集落ごとの共同墓地として利用されることが一般的で、埋葬区画には家や年齢による規則がある場合もあれば、全く決まりがなく空いている場所に埋葬したり、古い墓を掘り起こして重ねて埋葬（追葬）したりすることもありました。
埋葬後の埋め墓への墓参期間も様々で、埋葬後は一切参らない場合から、四十九日や一周忌、さらに長い場合は五年、七年といった期間を経て弔い上げを行い、その後は詣り墓へ参るようになるのが通例です。埋め墓の土を詣り墓へ持って行き、供養の象徴とする風習も存在しました。埋め墓には、ミハカ、サンマイ（三昧）、ボチ（墓地）、ヒキバカなど、地域によって様々な呼称があります。
詣り墓
詣り墓は、遺体や遺骨を伴わない、もっぱら定期的な墓参や先祖供養、盆参りのために設けられた墓地です。通常、石塔が建てられ、寺院の境内に作られることも多く見られました。石塔の種類も多様で、五輪塔や多宝塔、宝篋印塔といった仏塔から、一般的な角塔墓や笠塔婆まで様々です。遺体を埋葬する必要がないため、石塔のみが密集して並べられているのが特徴です。詣り墓には、ラントウバ（卵塔場）、ラントウ、タッチョウバ、サンマイなど、こちらも様々な呼称が存在します。
隣接両墓
両墓制は本来、埋め墓と詣り墓がある程度距離を隔てて設けられることが多いですが、中には両方の墓が比較的近い位置にある形態も見られます。これは「隣接両墓」と呼ばれ、道一本を挟んで並んでいたり、片方が高所に、もう片方が低所にあったり、あるいは同じ墓地内で区画が隣接していたりと多様です。このような形態は、一般的な単墓制（一つの場所に埋葬と墓参を兼ねた墓を設ける）との区別が曖昧になる場合があります。
琉球地方の両墓制
かつて琉球地方（沖縄・奄美など）には、独自の形式の両墓制が存在しました。これは遺体をまず風葬に付し、一定期間経過後に親族の手で洗骨（骨を洗い清めること）を行い、遺骨を厨子甕（ずしがめ、骨壷）に納めてから別の墓地に改めて埋葬するというものです。この習俗は、洗骨によって死者の穢れが清められ、祖霊として再生するという信仰に基づくものとされます。現在の琉球地方では、洗骨の前後で墓所を分けることはほとんど行われず、風葬や土葬後の洗骨・改葬も同じ墓所内で行われるのが一般的です。
発生要因
両墓制がなぜ成立・展開したのかについては、不明な点が多く、様々な説があります。代表的な考え方としては、死に対する穢れや遺体への恐怖心から、遺体の埋葬地を人里から遠い場所に設け、供養や墓参のために別に居住地の近くや寺院境内に墓地を設けたというものです。土葬における遺体の腐敗による臭気を避けたり、昔は感染症の原因が不明で遺体からの感染を恐れたり、都市部での用地不足から埋葬地を共同化・集約化せざるを得なかった一方で、家の墓としては永続的な供養の場が必要であったといった実用的な理由も考えられます。
民俗学者の柳田國男は、埋め墓において個人の埋葬地が曖昧になる例などから、死穢や魂の問題から埋め墓を本来の墓とは見なさず、詣り墓こそが本来の墓であると考え、改葬や風葬の習慣から両墓制が生まれたと論じました。一方、柳田のもとで研究した大間知篤三は、死穢を恐れる古い習俗に、死者供養のための石塔を建てる習慣が結びついて両墓制が成立したと捉えました。近世期に庶民の間で石塔を建てる習慣が広まったことや、両墓制の分布が近畿地方に偏っていることなどから、両墓制を比較的新しい習俗と位置づける見方もあります。
分布と現状
両墓制は前述の通り近畿地方に特に濃密な分布を示し、滋賀県、奈良県、京都府、兵庫県などで多くの事例が確認されています。他の地域では散在・点在しており、三重県、福井県、静岡県などに比較的多く見られる程度です。
現在、両墓制の墓地を目にすることは可能ですが、土葬の減少に伴い、多くはすでに使用されていません。特に埋め墓は地域の共同墓地として解釈されることが多く、土地利用の効率化や管理の簡便さから、埋め墓を整備して墓石を建てる単墓制の火葬墓に切り替える動きも見られます。
このように、両墓制は日本の葬送習俗の多様性を示す特徴的な形態であり、人々の死生観や祖霊信仰、地域社会のあり方などを知る上で重要な研究対象となっています。
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