中尾ハジメ

中尾ハジメ（なかお はじめ）氏は、1945年10月13日に東京都北多摩郡で生まれ、日本の社会心理学者、社会運動家、翻訳家、そして教育者として多岐にわたる足跡を残しました。

本名は片桐充で、思想の科学研究会の一員としても活動しました。詩人・翻訳家である片桐ユズル氏は兄にあたり、写真家で反核運動家であるアイリーン・美緒子・スミス氏は元妻です。早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修を卒業後、学術研究だけでなく、社会に対する深い関心と行動力をもって活動を展開していきます。

特に1970年代には、自ら「ヒッピー生活」と称する期間を過ごし、社会運動の最前線に立ちました。1972年には、京都においてミュージシャンの岡林信康氏や写真家の甲斐扶佐義氏らと共に、文化的な交流と発信の場となる喫茶店「ほんやら洞」を開設。これは当時のカウンターカルチャーにおける重要な拠点の一つとなりました。翌1973年には、甲斐氏、寺田勇文氏と共に「南ベトナムの政治犯を釈放する運動・京都」を組織し、人権問題に対する強いコミットメントを示しました。また、1974年からは、中川五郎氏のフォークリポートわいせつ裁判をサポートするなど、表現の自由を守るための活動にも積極的に関与しました。

こうした社会運動での経験を経て、1975年からは教育者としての道を歩み始めます。京都精華大学の講師に就任した後、1979年には助教授、1986年には教授へと昇進。学内でのキャリアを着実に積み上げました。そして、1997年から2006年にかけては、同学の学長として教育行政の舵を取りました。学長在任中の2001年には、文字文明、マンガ文化、映像メディアという三つの研究所から成る京都精華大学表現研究機構を設立し、初代機構長に就任。現代社会における多様な「表現」を学術的に探求する基盤を築き上げました。

学長退任後も大学運営に関わり、2006年から2009年まで理事長を務めました。2013年に京都精華大学を退職しましたが、教育と研究に対する情熱は持ち続けました。

また、学術分野では、新興分野であったマンガ研究にも早くから注目。2001年から2005年にかけて日本マンガ学会の初代会長を務め、マンガ研究の発展と普及に貢献しました。

著書としては、環境問題、特に原発問題に関するものが多く、『スリーマイル島』や、福島第一原発事故を受けて執筆された『原子力の腹の中で』シリーズなどがあります。共著や編集も手掛け、社会的な問題提起を続けました。

翻訳家としては、ヴィルヘルム・ライヒの精神分析理論に関する著作や、ユージン・スミスの写真集『水俣』、アンドレ・ケルテス、ラグビール・シンといった世界的な写真家の作品集など、多様な分野の重要な書籍を日本語で紹介しました。特に『水俣』の翻訳は、元妻であるアイリーン・M・スミス氏との共訳であり、私的な側面と社会的な活動が交差する一例と言えます。

中尾ハジメ氏は、社会心理学者としての視点、社会運動家としての実践、そして教育者・翻訳家としての活動を通じて、常に社会と個人、文化と権力といったテーマに向き合い、日本の知的な営みと社会変革に貢献した人物です。

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