中村幸彦

中村幸彦：近世文学研究の泰斗

中村幸彦（1911年7月15日-1998年5月7日）は、近世日本の文学研究において卓越した業績を残した学者です。兵庫県洲本市に生まれ、京都帝国大学文学部国文科を卒業後、天理図書館司書、天理大学教授、九州大学教授などを経て、関西大学教授として長年にわたり後進の育成に尽力しました。1962年には、博士論文『戯作論』により京都大学より博士号を取得しています。

厳格な実証主義に基づいた研究

中村幸彦の研究の特徴は、何よりもその厳格な実証主義にあります。近世文学、特に戯作を対象とした研究においては、近代的な幻想や先入観を一切排除し、綿密な史料に基づいた分析を展開しました。これは、当時としては非常に斬新なアプローチであり、近世文学研究に新たな地平を開拓したと言えるでしょう。

代表作『戯作論』

彼の代表作である『戯作論』は、近世戯作の真髄を詳細に解明した労作です。一般的に「風刺文学」と理解されがちな近世戯作ですが、中村は、単なる風刺を超えた、より奥深いユーモアや皮肉といった要素に着目。風刺という枠組みだけでは捉えきれない、近世戯作の本質を見事に明らかにしました。

多彩な著作と栄誉

中村幸彦は『戯作論』以外にも、『近世文芸思潮攷』『此ほとり一夜四歌仙評釈』など、多くの重要な著作を発表しています。これらの著作は、近世文学研究において必読書として広く読まれ、高く評価されています。その功績により、1981年には『此ほとり一夜四歌仙評釈』で第32回読売文学賞を受賞、1987年には朝日賞と大阪文化賞を受賞するなど、数々の栄誉に輝きました。本人はこれらの栄誉を固辞していたという逸話も残っています。

「中村幸彦文庫」の設立

1998年に87歳で亡くなった中村幸彦ですが、その没後、彼の膨大な蔵書は関西大学図書館に寄贈され、「中村幸彦文庫」として保存・公開されています。この文庫は、近世文学研究にとって貴重な資料群であり、多くの研究者にとって重要な研究拠点となっています。

門下生と影響

中村幸彦は多くの弟子を育成し、彼らが近世文学研究の分野で活躍する礎を築きました。その中でも、中野三敏は著名な門下生の一人で、『本道楽』（講談社）の中で中村幸彦との思い出を語っています。

主要著作一覧

『仁斎日記抄』（生活社、1946年）
『近世作家研究』（三一書房、1961年）
『近世小説史の研究』（桜楓社出版、1961年）
『戯作論』（角川書店、1966年）
『近世文芸思潮攷』（岩波書店、1975年）
『此ほとり一夜四歌仙評釈』（角川書店、1980年）
『俳諧百韻評釈--宗因独吟』（富士見書房、1989年）
『中村幸彦著述集』（全15巻、中央公論社、1984-1989年）
* その他、多数の論文や編著書、校注など

中村幸彦の研究は、近世文学研究に多大な貢献を残し、現在もなお多くの研究者たちに影響を与え続けています。彼の厳格な研究姿勢と、近世文学に対する深い洞察は、後世に継承されるべき貴重な遺産と言えるでしょう。

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