中村拓 (医学者)

中村拓：医学、生化学、そして古地図学を繋いだ生涯

中村拓 (1891-1974) は、日本の医学、生化学、そして古地図学の分野で顕著な業績を残した稀有な人物です。福島県に生まれ、東京帝国大学医学部卒業後、伝染病研究所を経て、1921年にはパリのパスツール研究所へ留学。ガブリエル・ベルトラン教授に師事し、ソルボンヌ大学より理学博士号、東京帝国大学より医学博士号を取得するなど、研究者としての道を着実に歩みます。パリ滞在中には、18歳年上のフランス人女性ジャンヌと結婚し、帰国後は朝鮮の京城帝国大学で教鞭を執りました。

生化学研究の先駆者

中村拓の生化学研究は、特に微量重金属元素の生理作用に関する先駆的な研究で知られています。ベルトラン教授との共同研究を通して、ニッケルが人体に必須の元素であることを示した業績は、現代においても引用されるなど高い評価を受けています。帰国後は、血液の溶血現象や赤血球の物理化学的特性を研究し、「最小溶血濃度」の概念を確立しました。徳島医科大学（現・徳島大学）学長などを務めた黒田嘉一郎は、京城帝国大学時代の中村の弟子であったという逸話も残っています。

古地図学への情熱

医学、生化学の研究に携わる傍ら、中村拓は古地図学にも深い関心を抱き、精力的に研究を続けました。パリ留学中に古地図研究を始めた彼は、後に国際古地図研究誌『イマゴ・ムンディ』より2度ものイマゴ・ムンディ賞を受賞するなど、国際的にも高い評価を得ています。その研究対象は多岐にわたり、東洋文庫で刊行された『鎖国前に南蛮人の作れる日本地図』全3巻をはじめ、多くの著作や論文を発表。日本の古地図研究に多大なる貢献を果たしました。

国際的な交流と多様な才能

パリ留学中は、絵画への造詣も深く、「パリ日本人会」の中心的存在として、石黒敬七や藤田嗣治など多くの日本人画家たちと交流を深めました。さらに、肺結核を患った作家の芹沢光治良にスイスでの療養を勧めたというエピソードからも、その人脈の広さと温かい人柄が伺えます。

晩年とその後

1946年に敗戦と共に帰国した後、横浜市立大学医学部教授に就任。1961年には、古地図研究の業績により東京大学より文学博士号を授与されるという快挙を達成しました。1974年に83歳で死去しましたが、その功績はその後も様々な形で顕彰されています。1988年には小惑星9574 Takuが命名され、2011年には遺族から明治大学図書館に古地図を中心とした旧蔵資料が寄贈され「中村拓文庫」が設立されました。

研究業績一覧

中村拓の研究業績は膨大で、医学・生化学、古地図学の両分野にわたる多数の論文、著書、監修作品が存在します。主なものとして、UNESCO刊行の“East Asia in Old Maps”、日本学術振興会刊行の『御朱印船航海図』、東洋文庫刊行の『鎖国前に南蛮人の作れる日本地図』などが挙げられます。また、彼の研究は多くの後進研究者たちに影響を与え、現在もなお古地図学の発展に貢献しています。彼の生涯は、学問への飽くなき探究心と、異なる分野を繋ぐ卓越した知性と才能を証明するものと言えるでしょう。

もう一度検索