中桐雅夫

中桐雅夫：波乱の生涯と詩の世界

中桐雅夫（1919年10月11日 - 1983年8月11日）は、20世紀日本の文壇を彩った詩人にして、多作な翻訳家でした。本名は白神鉱一。福岡県に生まれ、複雑な生い立ちを経て、独自の詩世界を築き上げました。

神戸高等商業学校を中退後、上京。徴兵を逃れるように日本大学芸術学科に入学し卒業。その後、読売新聞政治部記者として勤務する傍ら、詩作活動に没頭します。詩誌『Le Bal』を主宰し、田村隆一らとの交流を通じて、戦後日本の詩壇の中枢を担う存在となっていくのです。

特に、田村隆一、鮎川信夫、黒田三郎らと共に創刊した詩誌『荒地』への参加は、彼の詩人生において重要な転換期となりました。『荒地』は戦後の新しい詩の潮流を牽引し、中桐雅夫の詩作にも大きな影響を与えたのです。その後、『歴程』にも参加し、精力的に詩作を続けました。

中桐雅夫の詩は、鋭い社会批判と、内省的な個人感情が複雑に絡み合う独特の様式を持っています。現代社会の矛盾や人間の弱さを、時にユーモラスに、時に痛烈に描き出しました。代表作である『会社の人事』（1979年）は、高度経済成長期の日本社会を鋭く風刺し、第18回藤村記念歴程賞を受賞。同詩集において彼は「生きざま」という表現への違和感を表明し、「ことばの言い換え」の危険性を指摘しています。

翻訳家としても、ミステリーやSF、そして英国モダニズム詩人、とりわけW・H・オーデンの作品を数多く翻訳しました。彼の翻訳は、単なる言語の変換にとどまらず、原文の持つニュアンスを巧みに日本語に伝え、多くの読者に英国文学の深みと魅力を伝えることに貢献しました。オーデンに関しては、詩集だけでなく、オーデンの著作である『オーデン わが読書』なども翻訳しています。

大学では英文学の講師も務め、後進の育成にも尽力しました。教壇に立つ傍ら、詩作、翻訳、そして編集と、多岐にわたる活動で才能を発揮したのです。

しかし、その輝かしい活動の影には、アルコール依存症という影がありました。1983年8月11日、63歳という若さで死去。新聞報道では急性心不全とされたものの、妻・文子の回想録『美酒すこし』で、死因がアルコール依存症による肝臓障害であったことが明らかにされています。遺言により通夜・葬儀は営まれず、静かにその生涯を閉じました。

中桐雅夫の残した詩集や翻訳作品は、現在もなお多くの読者に愛され、読み継がれています。彼の作品は、複雑な時代を生き抜いた一人の詩人の、生と死、そして言葉への深い洞察を私たちに伝えてくれるのです。

主要作品

詩集
『中桐雅夫詩集』（思潮社）
『夢に夢みて 詩集』（晶文社）
『会社の人事 詩集』（晶文社）
『中桐雅夫全詩』（思潮社）

翻訳作品
『古書殺人事件』（マルコ・ペイジ）
『指はよく見る』（ベイナード・ケンドリック）
『オーデン詩集』（W・H・オーデン）
『第二の世界』（W・H・オーデン）
その他多数のミステリー、SF、詩作品翻訳

関連文献
『美酒すこし』（中桐文子）

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