中江百合

中江百合：日本の家庭料理に足跡を残した研究家

中江百合（なかえ ゆり、1892-1969）は、大正から昭和にかけて活動した、日本の食文化において重要な位置を占める料理研究家です。彼女は、司法官であり貴族院議員でもあった渡辺暢の三女として生まれ、女優・東山千栄子を姉に持つという、当時の上流階級に連なる出自を持ちました。

学歴としては、東洋英和女学校で学んだ後、横浜にあるフェリス女学院に編入し、そこで学びを終えました。16歳という若さで、鉱山業で巨万の富を築いた中江種造の長男にあたる中江種一のもとへ嫁いだことが、彼女の人生において、特に料理研究という道を歩むきっかけとなります。結婚後、中江家という素封家の環境の中で、本格的に料理の世界を探求し始めました。

中江百合が広く一般にその名を知られることとなったのは、当時絶大な人気を誇った生活雑誌「暮しの手帖」での連載「お料理いろはかるた」によるところが大きいでしょう。この連載は、家庭での料理の工夫や、食卓を囲む楽しさを「いろはかるた」のリズムに乗せて紹介するもので、多くの読者から愛され、「暮しの手帖」を代表する企画の一つとなりました。中江は、一つ一つの「かるた」に詳細な解説をつけ加え、単なるレシピにとどまらない、食への深い洞察と愛情を読者と分かち合いました。

また、彼女は「季節を料理する」と題された一冊の料理本を著しました。この本には、日本の豊かな四季それぞれの旬の食材を、最も美味しく、そして無理なく食卓に取り入れるための知恵と技術が詰まっていました。しかし、この本は長らく絶版の状態が続きました。その間、「一流の料理人たちも秘かに手本にした幻の名著」として、食に関わる人々の間でその価値が語り継がれました。時代が変わっても色褪せない普遍的な内容と高い実用性が評価され、多くの読者や料理関係者からの強い復刊の要望に応える形で、2003年に再び出版されることとなりました。復刻版は現在でも、現代の料理の参考となる書物として広く読まれています。

中江百合の生涯は、「終生一級品の追求と美味三昧」という言葉が示す通り、常に質の高いものを求め、豊かな食を享受することにありました。彼女は料理研究家としてだけでなく、文化的な側面にも深い関心を持ち、華道家の勅使川原蒼風や陶芸家の富本憲吉といった、当時の著名な文化人たちとも親交を深めました。彼らの活動を後援するなど、彼女は料理という専門分野を超えた幅広い世界で活躍しました。このような多角的な視点と豊かな人生経験が、彼女の料理観を形成し、家庭料理の分野で第一人者と称される所以となったと考えられます。

私生活においては、夫である中江種一との間に生まれた子供たちも、それぞれが社会の第一線で活躍しました。長男の中江孝男氏はバスケットボール選手としてオリンピックに出場した後、官僚を経て実業家となりました。また、次男の中江昭男氏はニッポン放送の専務を務めるなど、教育者や事業家として成功を収めました。孫の中江昌彦氏も、翻訳家、音楽プロデューサー、ライターとして活動しており、中江家は多方面で才能を発揮する人々を輩出しています。

中江百合が残した著作や、彼女が伝えた食への向き合い方は、単なる料理の技術を超え、日本の食文化の豊かさや、食を通じて人生を豊かにすることの重要性を教えてくれます。季節の恵みを大切にし、手をかけて美味しくいただくという、古来より日本人が培ってきた食の知恵を、彼女は現代に引き継ぐ役割を果たしたと言えるでしょう。その功績は、今後も多くの人々に語り継がれていくことでしょう。

もう一度検索