中鉢正美

中鉢正美の生涯と業績

中鉢正美（1920年12月30日 - 2013年7月11日）は、日本の経済学者、経済心理学者であり、慶應義塾大学の名誉教授でした。

生い立ちと学問への道

中鉢正美は、医師の中鉢不二郎の長男として東京に生まれました。祖父は政治家の中鉢美明です。慶應義塾普通部（旧制）に入学し、在学中は昆虫や貝類の研究に興味を持ちましたが、生物学の道には進まず、慶應義塾大学経済学部に進みました。大学では、自然科学と経済行為の接点を求めて経済心理学を専攻しました。指導教授は藤林敬三でした。大学在学中には、ヒックスの消費者選択理論やゲシュタルト心理学を研究し、心理学用語である「履歴効果」が人間の経済行動に現れることに注目しました。

研究活動と「生活構造論」の確立

大学院特別研究生を経て、慶應義塾大学経済学部の助手となり、その後助教授、教授へと昇進しました。その間、医学・衛生学出身の籠山京に師事し、マルクスの労働力概念を独自の視点から研究しました。1956年には、籠山の医学的知見と経済学的分析を統合した「生活構造論」を出版しました。

「生活構造論」とは、人間の経済行動を、単に経済的な側面だけでなく、心理的、生態的な側面も考慮に入れて総合的に捉えようとする学問です。中鉢は、この理論を基盤に、様々な社会問題に対する政策提言を行いました。また、行政の各種諮問委員を歴任し、日本の社会政策、社会保障の充実に貢献しました。特に、最低生活費や生活保護基準に関する調査研究に深く関わり、その成果は社会保障制度の改善に役立てられました。

社会活動と晩年

中鉢は、研究活動の傍ら、社会活動にも積極的に参加しました。地域開発研究所の所長を務めたほか、様々な大学で非常勤講師として教鞭をとりました。また、日本生活学会の理事や、社会政策学会の代表幹事を務めました。これらの活動を通して、中鉢は、経済学、心理学、社会学など、様々な分野の知見を融合させ、人間の生活というものを多角的に理解しようと努めました。

晩年は、放送大学で「生活史」講座を担当し、後進の育成に尽力しました。1986年に慶應義塾大学を定年退職し、名誉教授となりました。その後も研究活動を続け、1995年には研究の集大成として「新版・生活構造論／回想・林試の森」を出版しました。

2013年7月11日、老衰のため92歳で亡くなりました。

受賞と業績

1978年には、日本生活学会より第4回今和次郎賞を受賞しました。受賞対象となった研究は、「高齢化社会の家族周期」に関するもので、高齢化が進む社会における家族のあり方について、重要な示唆を与えました。

人物像

中鉢は、経済学者であると同時に、生物学にも深い関心を持っていました。趣味は動物生態観察や能面鑑賞で、カトリック教会の信者でもありました。また、経済学だけでなく、貝類研究に関する記事を執筆するなど、幅広い知識と関心を持っていました。

主な著書

『家庭生活の構造―生活構造論序説』好学社 1953
『生活構造論』好学社 1956
『現代日本の生活体系』ミネルヴァ書房 1975
『新版・生活構造論／回想　林試の森』1995年 私家版・非売品
『家庭経済論』（家庭科学全書）籠山京共著 国土社 1950
『家族周期と生活研究　児童養育費調査報告書』至誠堂 1970
『家計調査と生活研究』（生活古典叢書）光生館 1971
『家族周期と生活構造 児童養育費調査報告書』（社会保障研究所研究叢書）至誠堂 1971
『老齢保障論』黒住章、松本浩太郎共編 有斐閣双書、1975
『高齢化社会の家族周期 老齢者世帯生活調査・中高年者生活総合調査』（社会保障研究所研究叢書）至誠堂 1976（今和次郎賞）
『家族周期と世代間扶養 老齢者世帯生活調査・中高年者生活総合調査 2』（社会保障研究所研究叢書）至誠堂 1978
『生活学の方法』編著 ドメス出版 1986
『生活史』（編著）放送大学教育振興会 1986年
フィリップ・ハンソン『ソ連の消費水準－西側諸国との比較』金田良治訳 ミネルヴァ書房 1977（監訳）

中鉢正美は、その学問的業績と社会活動を通して、日本の社会政策、社会保障の発展に大きく貢献した人物として、その名前は記憶されるでしょう。

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