久米邦武筆禍事件

久米邦武筆禍事件

久米邦武筆禍事件（くめくにたけひっかじけん）とは、帝国大学文科大学教授であった久米邦武が1891年に発表した論文「神道ハ祭天ノ古俗」が発端となり、神道界から激しい反発を受け、最終的に久米が大学教授の職を追われ、論文が発禁処分となった事件です。この事件は、学問の自由、特に歴史学における研究の自由と、国家の根幹をなす国体との関係というデリケートな問題に一石を投じ、学問の独立性、そして研究における中立性について深く考えさせるきっかけとなりました。

事件の経過

事件の経緯を時系列で見ていきましょう。

1891年1月: 久米邦武が論文「神道ハ祭天ノ古俗」を『史学会雑誌』に発表しました。この論文で久米は、神道は古代における豊作を祈るための祭天の習俗であり、三種の神器も祭天に使われた道具に過ぎず、神聖視されるのは誤りであると主張しました。

1892年: この論文が田口卯吉主宰の『史海』に転載されます。田口はこの際、「私はこの論文を読み、わが国の現在の神道熱心家は決して黙っているべきではないと思った。もし彼らが沈黙するならば、私は彼らが完全に閉口したものとみなさざるを得ない」という挑発的な言葉を添え、神道界を強く刺激しました。

1892年2月28日: 神道家の倉持治休、本郷貞雄、藤野達二、羽生田守雄らが久米邦武のもとに押しかけ、論文の撤回を要求しました。この時点で、神道界の反発は看過できないものとなっていました。

1892年3月3日: 久米は新聞広告を出し、論文を取り下げますが、自身の主張そのものは曲げませんでした。これは、圧力に屈したのではなく、事態の収束を図るための苦肉の策であったと考えられます。

1892年3月4日: 帝国大学は久米を教授職から非職としました。これは、大学側が神道界の圧力に屈したとも、学問の自由よりも国家の安定を優先したとも解釈できます。

1892年3月5日: 論文「神道ハ祭天ノ古俗」が掲載された『史学会雑誌』第二編第23、24、25号および『史海』第8号が発禁処分となり、事件は一応の決着をみました。しかし、この事件が社会に与えた影響は大きいものがありました。

事件の余波

この事件の余波は、学問の自由や政府における学術研究のあり方にも影響を与えました。

1893年3月29日: 修史編纂事業の是非をめぐり議論が起こりました。久米の事件をきっかけに、国家の歴史を編纂する事業そのものに対する批判の声が上がったのです。

1893年3月30日: 史誌編纂掛の廃止が決定しました。これは、政府が歴史研究に介入することに対する国民の不信感の高まりを示しています。

1893年4月7日: 帝国大学総長の浜尾新に、一連の決定が通達されました。

1893年4月10日: 重野安繹、星野恒ら編集委員が解任されました。このことは、学問の自由が国家権力によって制限される可能性を示唆しました。

事件の意義

久米邦武筆禍事件は、単なる一学者の論文をめぐる騒動にとどまらず、学問の自由と国家権力との関係、歴史学研究における客観性と中立性の重要性など、現代にも通じる重要な問題を提起しました。この事件は、学問が権力によって制約されてはならないという原則を再確認する機会となり、その教訓は今日でも色褪せることはありません。

この事件を通して、私たちは学問の自由と、その責任について深く考える必要があるでしょう。

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