九十九里浜闘争

九十九里浜闘争：米軍基地と漁民の闘い

九十九里浜闘争は、1948年に千葉県九十九里浜一帯が米軍に接収されたことに端を発する、漁民を中心とした住民運動です。この運動は、単なる基地反対運動にとどまらず、封建的な漁業制度に対する労働争議へと発展し、戦後の日本社会に大きな影響を与えました。

米軍による九十九里浜の接収

1948年4月、GHQ（連合国軍最高司令官総司令部）は、九十九里浜一帯を米軍の高射砲演習場として接収しました。これにより、広大な海域が「射撃指定海域」となり、漁場は奪われました。さらに、山武郡豊海町（現在の九十九里町）には、陸上基地「キャンプ・カタカイ」が建設され、住民は生活の場を失うことになりました。

当初、演習は毎日行われていましたが、住民の強い反対運動により、午後のみに変更されました。しかし、高射砲の実弾演習は、騒音や漁獲量の減少を引き起こし、住民生活に深刻な影響を与えました。基地周辺では、家屋が振動で破損するなどの被害も発生しました。

反基地運動とレッドパージ

漁場を奪われた漁民や生活を脅かされた住民は、ただちに漁業権の補償交渉と基地撤去を求め、反対運動を開始しました。1950年2月には、「反植民地闘争デー片貝漁民大会」が開催され、運動は大きく盛り上がりました。しかし、占領当局は、この運動を「共産主義者に扇動された運動」とみなし、レッドパージ（共産党員やその同調者に対する追放・解雇）を行い、運動を弾圧しました。支援者である日本共産党員が逮捕され、軍事法廷で裁かれることになりました。

労働争議への発展

基地反対運動は、漁業補償金の分配をめぐり、漁村内部の矛盾を顕在化させました。当時の漁村では、網元や親方が大きな権力を持ち、漁民は不当な扱いを受けていました。補償金の分配においても、網元が多額の金を受け取る一方で、漁民への分配はごくわずかでした。この不公平な状況に不満を持った漁民たちは、1953年、相次いで漁民組合を結成し、網元に対する労働争議を開始しました。

この労働争議は、封建的な漁業制度に対する挑戦であり、千葉県当局が「戦後民主化の波から最も遠い地域」と表現するほど、保守的な漁村社会に大きな変革をもたらしました。漁民たちは、歌やかるたを制作し、自分たちの権利を主張しました。

基地被害と住民の苦悩

基地による被害は、騒音や漁業被害にとどまりませんでした。米兵による飲酒運転事故や、演習で使用された無人機の墜落事故などにより、住民の死傷者も多数発生しました。しかし、これらの事故に対する米軍からの謝罪や賠償は一切ありませんでした。また、九十九里浜は米兵にとって海水浴場となり、地元住民との生活感覚のずれは大きかったようです。

基地返還と運動の遺産

1952年、千葉県議会は「射撃場撤廃に関する決議」を採択しましたが、政府は米軍基地を提供し続けました。しかし、住民の反対運動の激化や、高射砲という戦術が時代遅れになったことなどから、1957年、米軍は射撃演習の中止を決定し、九十九里浜は千葉県に返還されました。

九十九里浜闘争は、日本で最も早い米軍基地反対運動の一つであり、後の内灘闘争や砂川闘争など、全国的な反基地運動に大きな影響を与えました。この闘いは、戦後の日本社会における民主化と労働者の権利獲得という大きな流れの中で、重要な役割を果たしました。

九十九里浜闘争を物語る歌

九十九里の漁民たちは、苦しい生活の中で、自分たちの思いを歌やかるたに託しました。

新大漁ぶし（ドカンぶし）

この歌は、米軍の砲撃音を「ドカン」と表現し、漁業ができない苦しみや米軍への怒りを歌っています。以下はその一部です。

一ツとせえ
ひとでなしだよ アメリカは
ジャミもよらない九十九里
浜ドカンでは コリャコリャ

二ツとせえ
ふたつならんだ イワシ舟
パンもぬれない九十九里
浜ドカンでは コリャコリャ

九十九里いろはかるた

このかるたは、漁村社会の不平等や、漁民たちの苦悩を表現しています。以下はその一部です。

い　犬猫なみより人間なみ
ろ　論より証拠あの御殿
は　羽織の親方裸の船方

夜明けぶし－争議ぶし

この歌は、漁民たちの団結と、封建制度を打ち倒す決意を歌っています。

一つとせ　人と犬との分れ目だ　夜明け前だぞ九十九里
浜は夜明けだね

二つとせ　船方なんぞと馬鹿にすな　世直しするのだ団結で
浜は夜明けだね

これらの歌やかるたは、九十九里浜闘争の歴史を今に伝える貴重な資料となっています。

参考文献

小松七郎 著　パンフレット『基地の海 九十九里米軍基地闘争の記録』（千葉県平和委員会 1976年発行）
* 日本労働年鑑　第27集　1955年版 法政大学大原社会問題研究所

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