九郎助稲荷

吉原遊廓の守護神：九郎助稲荷神社

江戸時代、吉原遊廓の京町二丁目、最下級遊女の住む羅生門河岸近くに位置していた九郎助稲荷神社。現在では、東京都台東区千束三丁目にある吉原神社に合祀されています。境内には、宝井其角の筆による「蒼稲魂」と記された額が飾られていたと伝えられています。

九郎助稲荷と吉原遊廓

九郎助稲荷は、吉原遊廓の四隅に鎮座した4つの稲荷社のうちの一つでした。他の3社（開運稲荷、榎本稲荷、明石稲荷）とともに、遊廓の繁栄を見守り、遊女たちの信仰を集めていたとされています。九郎助稲荷は、特に人気が高かったと記録されています。

明治14年（1881年）、吉原遊廓の廃止に伴い、九郎助稲荷を含む4社の稲荷社と大門外高札場にあった稲荷社は、合祀されて吉原神社が創建されました。当初は吉原大門外に社殿が建てられましたが、関東大震災後に現在の場所に移転しています。

九郎助稲荷の起源：諸説と謎

九郎助稲荷の起源については、いくつかの説が伝えられています。

一説では、千葉九郎助という人物が天から降りた狐を祀ったのが始まりとされます。遊廓の開設とともに吉原に移され、明暦年間には浅草への遊廓移転に伴い新吉原へ遷されたとされています。

『武江年表』には、万治元年（1658年）に今戸村の百姓九郎吉が畑の稲荷社を吉原に移したという記録が残されています。

しかし、木村捨三は『江戸文学新誌』において、これらの伝承は全て虚説であると主張しています。同氏が指摘するように、元禄3年（1690年）刊行の『絵入 大画図』には、九郎助稲荷があった場所には、局女郎5人の小さな娼家があったと記載されています。宝永4年（1707年）の『武江新吉原町図』には稲荷社の鳥居と万屋市郎兵衛という商人の名が記されており、『ゆきのゑじこう』にも「新丁のいなりさまへ五しきのかねを揚て云々」という記述が見られます。これが九郎助稲荷の前身と考えられますが、「九郎助」の名が登場するのは享保元年（1716年）の『吉原細見花車』が最初です。

このように、九郎助稲荷の起源は依然として謎に包まれています。

賑わう縁日と祭礼「俄」

九郎助稲荷では、毎月午の日に縁日が開かれ、小間物商人や植木屋などが店を出し、大変賑わったと伝えられています。2月の初午の縁日は特に盛大で、願い事をしようとする花魁たちが境内を埋め尽くしたそうです。

8月には、九郎助稲荷と秋葉権現で「俄（にわか）」と呼ばれる祭礼が行われていました。「俄」とは、即興で演じる滑稽な寸劇で、笛や鉦、太鼓のお囃子とともに、吉原の芸者たちが練り歩いたそうです。享保19年（1734年）8月1日に行われた大祭の余興が始まりという説や、桐屋伊兵衛という茶屋の主が、妓楼中万字屋と協力して始めたという説など、起源についても諸説あります。

遊女たちの信仰と川柳

廓外に出られない遊女たちは、九郎助稲荷に願をかけたと言われています。多くの川柳が、遊女たちの九郎助稲荷への信仰を伝えています。例えば、「神も仏も吉原は隅」「九郎助へ礼参りする二十七」など、遊女たちの切実な願いが感じられます。

吉原の守り神としての九郎助稲荷

九郎助稲荷は、遊女たちにとって信仰の対象であると同時に、吉原遊廓の守護神としての役割も担っていたと考えられます。吉原の入り口の大門には、廓内の防犯や警備を担当した四郎兵衛会所があり、「四郎九郎ハ門と五丁のまもり神」という川柳にあるように、四郎兵衛と九郎助稲荷が吉原の守護神として信仰されていたことがわかります。

九郎助稲荷の歴史は、吉原遊廓の歴史と深く結びついており、その繁栄と衰退を共に歩んできたと言えるでしょう。現在では吉原神社に合祀されていますが、その存在は、江戸時代の吉原の風俗や文化を知る上で重要な手がかりとなっています。

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