亀戸事件

亀戸事件

1923年9月3日、未曽有の被害をもたらした関東大震災の直後、社会秩序が混乱する中、東京府南葛飾郡亀戸町（現在の東京都江東区亀戸）において、警察と軍が主導して多数の労働運動家や一般市民を殺害した事件です。

概要

この事件は、かねてから労働争議を通じて亀戸警察署と対立していた社会主義者たちが、震災による混乱に乗じて治安維持を名目として亀戸署に拘束されたことに端を発します。拘束された川合義虎、平澤計七、加藤高寿、北島吉蔵、近藤広蔵、佐藤欣治、鈴木直一、山岸実司、吉村光治、中筋宇八ら10名の社会主義者は、9月3日から4日にかけて（あるいは4日から5日にかけてともいわれる）、習志野騎兵第13連隊に引き渡され、亀戸署の敷地内や荒川放水路付近で刺殺されました。

また、同月4日には警察によって「不良自警団員」として逮捕された4名の市民が、警察に反抗的な態度を見せたとして同様に軍に引き渡され殺害されています。この4名の殺害を「第一次亀戸事件」、社会主義者10名の殺害を「第二次亀戸事件」と呼び、両者を合わせて「亀戸事件」と総称することもあります。

詳細

当時の亀戸署長、古森繁高は、震災後に流布した「朝鮮人が暴動を起こしている」という流言を鵜呑みにし、朝鮮人や中国人、そして労働運動家といった人々を徹底的に取り締まることに非常に熱心であったとされます。署員数が230名あまりであったにもかかわらず、9月4日の夜には検束者数が1300名以上に達しており、署内は異常な状況に陥っていたと考えられます。このような状況下で、警察は特に労働運動の指導者である社会主義者たちの動向を警戒し、恐れていたとみられています。

震災により発令された戒厳令下、東京南部警備司令官となった石光真臣第1師団長は、9月3日付で各連隊長に対し、「朝鮮人だけが不逞分子ではなく、これを悪用しようとする日本人もいることを忘れてはならない。適切な指導が必要である」という趣旨の訓示を出していました。しかし、これに反するかのように、亀戸事件で社会主義者が殺害されたり、亀戸署内で多数の朝鮮人が虐殺されたり、さらには刑務所に収容されていた共産主義者の引き渡しまで軍部隊が要求するという事態が発生しました。

事件の凄惨さは、当時の証言からも窺えます。八島京一は9月4日朝、顔見知りの警官が荷車に石油と薪を積んでいるのを見かけ、尋ねたところ「殺した人間を焼きに行く」「昨夜は人殺しで徹夜させられた」「320人も殺した…中には7、8人の社会主義者も入っている」と語るのを聞いたといいます。亀戸署の管轄地域には多くの中国人労働者がおり、八島は自由法曹団の調査に対し、付近の大島町八丁目で実際に中国人や朝鮮人の虐殺死体200～300体を目撃したことも証言しています（詳細については関東大震災中国人虐殺事件を参照）。亀戸署内においても、9月3日から5日にかけて数十名の朝鮮人が騎兵第13連隊によって殺害されたとする複数の記録が残っており、また、上述の社会主義者や不良自警団員以外にも、署内で何人かの日本人や中国人が殺害されたといわれています。

八島京一は前述の大島町八丁目で死体が積み上げられた場所で、犠牲者の一人である平沢計七の靴を発見し、彼らが殺害されたことを確信したと述べています。また、震災復旧や夜警のボランティアをしていた南巌は、9月11日夜に自宅で逮捕され、社会主義的な運動をしたか否かについて激しい尋問と拷問を受けましたが、幸いにも16日に釈放されました。南巌の体験から、警察が虐殺の口実を作るために事件を捏造しようとしていたのではないかという見方もあります。さらに、検束された人々の名は、証拠を残さないために留置場の帳簿に一切記録されていなかったといわれています。

弁護士の山崎今朝弥は、事件翌年の1924年に著した『地震・憲兵・火事・巡査』の中で、当時の巡査や兵士たちが、自らの残虐な行為を仲間内で自慢し合っていた状況を伝えています。

犠牲者の一人、吉村光治の兄である南喜一（のちに国策パルプ社長）も、当時の体験を回想記に残しています。9月4日早朝、寺島町の自警団本部で寝ていた南のもとを顔見知りの警官が訪ね、弟が殺害されたことを告げられました。南は直ちに亀戸署に向かい、古森署長に真相を問い質しましたが、署長の反応から弟の死を確信します。激昂した南が古森に掴みかかろうとした瞬間、古森が卓上のブザーを押し、血糊で手が滑らないよう柄に布を巻いた日本刀を下緒で提げた巡査部長が入ってきました。南は思いとどまりますが、巡査部長に案内されて留置場へ向かう途中、暗闇で転倒した南の手は血糊にまみれ、廊下には無数の死体が並べられ、中庭の方を見ると死体の山が築かれているという凄惨な光景を目の当たりにしました。巡査部長が日本刀に手をかけたのを見た南は、合気道の心得があったためとっさに部長を投げ飛ばし、その場から逃れたといいます。

その後

亀戸事件で虐殺が発生したという事実は、発生から1か月以上が経過した10月10日になってようやく警察によって認められ、翌日の新聞各紙で大々的に報じられました。犠牲者の遺族や友人、自由法曹団の弁護士である布施辰治や山崎今朝弥、そして南葛労働協会などが中心となり、事件の真相を明らかにするための糾弾運動が展開されました。しかし、当局は一連の行為を「戒厳令下の軍の適正な行動」であるとして、事件は結局、責任者が追及されることなく不問に付されました。当時の社会主義文芸誌『種蒔く人』の刊行元であった種蒔き社は、自由法曹団が集めた資料を元に、本事件の犠牲者に関する記録『種蒔き雑記』を刊行しています。

事件から数十年を経た1970年9月4日、事件現場近くの浄心寺に「亀戸事件犠牲者之碑」が建立され、現在も実行委員会による追悼会が開かれています。

関連作品

映画『大虐殺』（1960年、新東宝）- 甘粕事件を主な題材としつつ、亀戸事件についても描かれています。
映画『福田村事件』（2023年）- 福田村事件を主な題材としつつ、亀戸事件についても描かれています。

関連項目

関東大震災
関東大震災朝鮮人虐殺事件
関東戒厳司令部
本庄事件 (1923年)
福田村事件
甘粕事件
* 白色テロ

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