二岐渓谷

つげ義春『二岐渓谷』：ノスタルジーとユーモアが織りなす秘湯の物語

『二岐渓谷』は、つげ義春が1968年に発表した短編漫画です。作者が東北地方を一人旅した際の体験をもとに、福島県天栄村に実在する二岐温泉・湯小屋旅館を舞台に描かれています。全18ページの短い作品ながら、旅情、ユーモア、そして少しの寂しさが凝縮された、つげ作品の中でも特に人気の高い作品の一つです。

あらすじ

物語は、晩秋の二岐温泉を訪れた主人公の青年が、一軒の寂れた温泉宿に宿泊することから始まります。宿を経営するのは、元役場勤めの老夫婦。夏場しか客が来ないため、冬は山を下りるという暮らしをしています。渓流でイワナを見つけた青年は釣りを試みますが、置いておいたバナナが何者かに盗まれてしまいます。夕食前に露天風呂に入ろうとすると、そこには一匹のサルが…。驚いた青年は宿に戻り、宿の爺さんとサル談義を繰り広げます。その夜、台風が襲来し、濁流に流されるサルを目撃します。

作品の魅力

実在の温泉地を舞台にしたリアリティ

『二岐渓谷』の魅力の一つは、実在する温泉地である二岐温泉を舞台にしている点です。つげは実際に湯小屋旅館に宿泊し、そこで感じた雰囲気や出会った人々を作品に反映させています。鄙びた温泉宿の様子や、宿の老夫婦との会話など、細部にわたってリアリティが感じられます。

ユーモラスなサルとの交流

物語のもう一つの軸となるのが、サルとの交流です。バナナを盗まれたり、露天風呂で出会ったりと、サルをめぐるエピソードはユーモラスに描かれています。宿の爺さんとのサル談義も、作品に独特の味わいを加えています。

水木しげるが絶賛した随筆風の作風

『二岐渓谷』は、水木しげるに「日本初の随筆漫画」と評されました。通常の漫画に比べて文章が多く、主人公の心情や風景描写が丁寧に描かれています。つげ自身は随筆風の漫画に否定的でしたが、本作は彼の作品の中でも異彩を放つ作品として評価されています。

作品の舞台：二岐温泉

二岐温泉は、福島県南会津に位置する秘湯です。二岐渓谷には30か所から源泉が湧き出ており、豊富な湯量を誇ります。渓流沿いには岩で囲まれた露天風呂があり、自然を満喫しながら温泉を楽しむことができます。

つげが宿泊した湯小屋旅館は、現在「新湯小屋旅館」として営業しています。旧経営者から経営を引き継いだ人々が、つげファンからの要望に応え、建物をそのまま残しています。そのため、現在も多くのつげファンが聖地巡礼に訪れています。

『二岐渓谷』が与えた影響

『二岐渓谷』は、日本の漫画史において重要な作品の一つとして位置づけられています。作者の体験に基づいたリアリティ、ユーモラスなサルとの交流、そして随筆風の作風は、多くの読者を魅了しました。また、作品に登場する二岐温泉は、つげファンの聖地として、現在も多くの人々が訪れています。

老朽化による取り壊しの危機を乗り越え、現在もその姿を残す湯小屋旅館。つげ義春の世界を体験できる貴重な場所として、これからも大切にされていくことでしょう。

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