二次元コンプレックス

二次元コンプレックス：架空の存在への愛と、社会のまなざし

二次元コンプレックスとは、アニメ、漫画、ゲーム、イラストなどに描かれた架空のキャラクターに対してのみ、性的感情や恋愛感情を抱く状態を指します。略して「二次コン」とも呼ばれます。この現象は、1970年代後半のアニメブーム以降、特に1980年代初頭のロリコンブーム期にアニメファンの間で使われ始めました。当初は「二次元ロリコン」や「アニメ・ロリコン」といった呼び名も用いられ、しばしばオタク文化へのネガティブなレッテルとして使用されてきました。しかし、現実の人間には性的関心がなく、二次元キャラクターへの愛情を自認する人も存在し、近年ではフィクトセクシュアルというセクシュアリティを説明する言葉としても用いられています。

オタクのセクシュアリティとしての議論

二次元コンプレックスは長らく「オタクのセクシュアリティ」という文脈で議論されてきました。主に男性オタクを対象とした研究が多く、想像上の性生活と現実の性生活の間に乖離が見られるという特徴が指摘されています。しかし、この特徴は女性オタクにも見られるものであり、マンガ研究においては、二次元女性キャラクターを現実の女性とは異なる存在として愛好する女性もいると指摘されています。

従来の「オタクのセクシュアリティ」論やマンガ研究は、二次元キャラクターへの欲望を対人性愛とは異なるセクシュアリティとして明確に理論づけていませんでした。対人性愛を前提とした社会状況への批判も不足していたという批判も存在します。

第三の性的指向としての可能性

2020年代に入ると、アセクシュアルに関する研究や社会運動の進展を背景に、二次元キャラクターへの欲望をセクシュアリティとして捉え直す研究が登場しました。これらの研究の中には、二次元キャラクターのみに性的魅力を感じることを「第三の性的指向」とみなす視点も含まれています。

エリザベス・マイルズは日本の調査に基づいた研究で、二次元キャラクターへの欲望が「セックスとは何か」、「法的・社会的な制約が性的アクセスと完全な性的市民権の権利をどのように否定するか」を私たちに問い直させるものだと論じています。

クィア理論の観点からは、斎藤環の「多重見当識」という概念を用いて、二次元への性的指向を説明する試みもあります。これは、日常生活では一般的な性生活を送りながらも、豊かな二次元の世界での性的なファンタジーを享受する能力を指します。この概念は、イブ・セジウィックやジュディス・バトラーの議論とも共通点があり、松浦優は「多重見当識」を、現実と二次元における「性的指向」の複数化として位置づけています。さらに松浦は、二次元の性的創作物が対人性愛中心主義や性差二元論を相対化する可能性を示唆し、クィア理論的な解釈を提示しています。

二次元コンプレックスの周縁化と対人性愛中心主義

二次元コンプレックスを持つ人々は、生身の人間との性関係を築く能力が欠如しているとみなされ、蔑視されることがあります。逆に、二次元キャラクターと三次元の人間の違いを重要視しない見方から、存在そのものを否定される場合もあります。

このような二次元コンプレックスの周縁化を促す規範として「対人性愛中心主義」という概念が用いられています。これは、生身の人間への性的魅力こそが規範的なセクシュアリティであるとする考え方で、フィクトセクシュアルの間で広く使われています。対人性愛中心主義は強制的性愛とも重なり、二次元コンプレックスもアセクシュアルと同様に周縁化されていると指摘されています。

フィクトセクシュアルに関する研究からは、彼らが対人性愛中心主義や強制的性愛に対するオルタナティブな視点を提示していることが示されています。対人性愛中心主義は異性愛規範や性別二元論とも深く結びついているため、対人性愛中心主義批判はフェミニズムやLGBTQ+の運動とも連帯するものです。

法的・倫理的論争と表現の自由

二次元の未成年キャラクターを性的に描いた作品を「児童ポルノ」とみなす批判や、二次元女性キャラクターの性的描写が現実の女性を性的対象化するという批判があります。しかし、これらの批判は対人性愛中心主義を前提としていると指摘されています。対人性愛中心主義批判は、「児童ポルノ」や「女性の性的対象化」といった非難への反論と同時に、レイプカルチャーへの批判でもあります。

わいせつ規制の議論においても、二次元の性的表現を現実の生身の身体の表象と同一視し、規制を行うことは二次元コンプレックスの存在を抹消することに繋がると批判されています。二次元コンプレックスの人々にとって、二次元創作物の規制は、表現の自由の問題以上に、性的アクセスやセクシュアル・ライツの問題なのです。

二次元コンプレックスを扱った作品

二次元コンプレックスを想起させる作品は、古くから存在します。『太平記』、『押絵と旅する男』、『衝立の乙女』、『宇治の柴舟』といった古典作品から、『るんは風の中』、『2.5次元の誘惑』といった現代作品まで、多様な表現があります。近年では、「Nijikon」という名称の日本文化イベントがルーマニアで開催されるなど、二次元文化はグローバルな広がりを見せています。

二次元コンプレックスは、セクシュアリティ、表現の自由、社会規範など、多角的な視点から考察が必要な複雑なテーマです。今後も、研究の進展や社会的な議論を通して、より深い理解が求められるでしょう。

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