対人性愛中心主義

対人性愛中心主義：生身の人間への性愛を規範とする考え方

対人性愛中心主義とは、生身の人間への性的な魅力（対人性愛）を、唯一正しい、あるいは望ましいセクシュアリティとみなす規範のことです。この概念は、フィクトセクシュアル（架空の人物に性的な魅力を感じる人）の社会的な周縁化を説明するために生まれたものであり、日本のフィクトセクシュアル研究から提唱されましたが、現在では海外の研究や、フィクトセクシュアル研究以外の分野でも広く議論されています。さらに、対人性愛中心主義への批判を掲げるアクティビズムも存在します。

語源と背景

「対人性愛」という用語は、生身の人間に性的に惹かれる性的マジョリティを指す言葉として、マンガやアニメなどの二次元キャラクターを愛好する一方で、生身の人間には性的に惹かれない人々によって草の根的に使用されるようになりました。対人性愛中心主義は、この用語を踏まえて作られた造語であり、対人性愛を基準とした社会制度、慣習、価値判断に疑問を投げかける概念です。

対人性愛中心主義は、異性愛規範と密接に関連しており、アセクシュアル研究における「強制的性愛（compulsory sexuality）」や、対物性愛研究における「人間性愛規範（humanonormativity）」とも関連付けられます。また、恋愛伴侶規範との関連性も指摘されています。

学術研究

クィア・スタディーズ

クィア理論の視点からは、松浦優氏による研究が代表的です。松浦氏の研究によると、対人性愛中心主義は、「異性愛／同性愛」という二項対立を超えたセクシュアリティの多様性を否定し、同性愛の排除を前提とするものとして位置づけられています。さらに、性別二元論と対人性愛中心主義は密接に結びついており、トランスフォビアと同じ構造的基盤を持つと指摘されています。

理論的には、ミシェル・フーコーの「セクシュアリティの装置」やジュディス・バトラーの「〈字義どおり化〉という幻想」といった概念と関連づけて理解されています。フェミニスト／クィア研究者の藤高和輝氏は、対人性愛中心主義批判を「規範的社会によって傷ついた人々を癒し、世界を異化する実践」と高く評価しています。

オタク論およびマンガ研究

オタク論やマンガ研究の分野においても、対人性愛中心主義を相対化する議論があります。筒井晴香氏の「推し」に関する研究では、「推し」という行為が、家父長制的性愛規範を攪乱し、非対人性愛の可能性を示唆する可能性が指摘されています。

性表現規制に関する法学研究

わいせつ規制や児童ポルノ規制に関する研究では、二次元の性的表現を現実の性行為と同一視し、規制することは、二次元と三次元の存在論的差異を無視した、対人性愛中心主義的な倫理に基づいていると批判されています。

親密性や家族に関する研究

AI、ロボット、ペットなど、非人間との親密な関係を人間同士の関係よりも劣ったものとみなす考え方も、対人性愛中心主義的な側面を持つ可能性が議論されています。

対人性愛中心主義批判の運動

台湾のフィクトセクシュアル運動組織「台湾Fセク集散地（台灣紙性戀集散地）」は、フェミニズム系書店やアセクシュアル活動団体と連携し、フィクトセクシュアル・アクティビズムを行っています。二次元表現への規制への抵抗運動も、対人性愛中心主義的な法制度への批判と捉えられています。

対人性愛中心主義批判は、フェミニズムやLGBTQとの連帯を志向する一方、フェミニズムやクィアの内部にある対人性愛中心主義にも批判を向けます。例えば、二次元美少女の性的表現を性的対象化とみなすフェミニズム的な批判は、「二次元か三次元か」の区別を無視し、非対人性愛の存在を抹消していると批判されています。また、フェミニズム的な萌え絵批判の中には、問題含みなジェンダー本質主義に基づき、トランスフォビアと同じ構造に陥っているものもあると指摘されています。

参考文献

(参考文献リストは省略)

対人性愛中心主義