五番町夕霧楼

五番町夕霧楼

『五番町夕霧楼』は、水上勉によって1962年に発表された小説であり、作者の代表作の一つです。この物語は、昭和初期の京都に存在した五番町遊廓を舞台に、貧困にあえぐ少女・夕子と、彼女の幼馴染である青年僧・正順の悲恋を描いています。

作品の背景

この作品は、1956年に発表された三島由紀夫の『金閣寺』への応答として書かれたと言われています。水上自身が体験した金閣寺放火事件を題材とし、事件に関する詳細な取材に基づいて、人間の欲望や業を深く掘り下げています。水上は、この事件を元に1979年にノンフィクション作品『金閣炎上』も発表しています。

あらすじ

物語は、戦後間もない昭和25年頃から始まります。丹後の貧しい村で育った夕子は、家族を養うために京都の五番町遊廓に身を売ります。西陣の織物問屋の旦那である甚造に気に入られ、夕子はたちまち人気の遊女となります。しかし、夕子の心には幼馴染の正順がいました。

正順は、寺の息子であり僧侶を目指して修行に励んでいました。二人は深く愛し合っていましたが、夕子の境遇は二人の関係に暗い影を落とします。甚造は、夕子を妾にしようと画策し、正順が寺を抜け出して夕子に会っていることを寺の住職に密告します。このことがきっかけで、正順は寺での修行に幻滅し、寺に放火してしまいます。逮捕された正順は留置場で自殺し、その知らせを受けた夕子も後を追うように命を絶ちます。

映画化

この小説は、過去に二度映画化されています。

1963年版

1963年には、東映によって映画化されました。佐久間良子が夕子を演じ、田坂具隆が監督を務めました。この作品は、キネマ旬報ベストテンで3位に選ばれるなど高い評価を受けました。

1980年版

1980年には、松竹によって再び映画化されました。松坂慶子が夕子を演じ、奥田瑛二が正順を演じています。この映画もまた、多くの観客を魅了しました。

主な登場人物

片桐夕子: 貧しい家庭を支えるために遊女となる。美しい容姿を持ち、多くの客を魅了する。幼馴染の正順を深く愛している。
櫟田正順: 夕子の幼馴染であり、僧侶を目指す青年。吃音症を抱えている。夕子との関係に苦悩し、最終的に悲劇的な結末を迎える。
夕霧楼女将・かつ枝: 五番町で名の知れた遊郭の経営者。面倒見が良く、遊女たちから母親のように慕われている。
竹末甚造: 夕霧楼の得意客であり、西陣の帯問屋の旦那。夕子を気に入り、執着する。
写真屋: 夕霧楼に出入りするカメラマン。夕子に特別な感情を抱くようになる。

夕霧楼の遊女たち

久子: かつ枝に信頼されている遊女。
敬子: 短歌を趣味とする遊女。夕子に好意的。
照千代: 率直な性格の遊女。
松代: 猫を飼っている遊女。
雛菊: 夕子に嫉妬する遊女。
きよ子: 食いしん坊の遊女。
お新: 夕霧楼の引き手。

丹後で暮らす人たち

櫟田まさ: 正順の母親。夕子を良く思っていない。
櫟田承源: 正順の父親。故人。
片桐三左衛門: 夕子の父親。生活に困窮し、夕子を遊郭に売る。
臨源寺玄悠: 臨源寺の住職。夕子の家の檀家。

鳳閣寺の僧侶たち

田上慈州: 鳳閣寺の住職。厳格な性格。
鳳閣寺・大原: 正順より年上の僧侶。
鳳閣寺・承道: 正順の先輩僧侶。素行が良くない。
鳳閣寺・倫道: 正順を慕う僧侶。

その他

五条乃理子: GHQのアメリカ人の妾。

テーマ

『五番町夕霧楼』は、貧困や社会の矛盾の中で生きる人々の姿を描き、人間の業や愛憎、そして救済といったテーマを深く掘り下げています。遊女という境遇に置かれた女性の悲しみや、僧侶でありながら俗世の愛に翻弄される青年の葛藤が、読者の心を揺さぶります。

この作品は、単なる恋愛物語としてではなく、人間の本質に迫る文学作品として、今もなお多くの読者に愛され続けています。

その他

八ッ橋: 本作にちなんで、井筒八ッ橋本舗から「夕子」というあん入り生八ッ橋が発売されている。
* ロート製薬: 1980年当時、「新Vロート」のCMに松坂慶子が出演していた。

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