井上貴子 (音楽学者)

井上 貴子（いのうえ たかこ）は、1957年生まれの日本の音楽学者であり、現在は大東文化大学国際関係学部の教授を務めています。主な専門分野はインド古典音楽と南アジア地域研究ですが、ポピュラー音楽の研究においても重要な業績を上げています。

岐阜市で生まれた井上貴子氏は、東京芸術大学音楽学部楽理科に進学しました。大学時代は、楽理の学習と並行してロック系のバンド活動に深く関わり、一時期は人気バンド「ダディ竹千代&東京おとぼけCATS」に在籍するなど、演奏家としての経験も積みました。

1981年に東京芸術大学を卒業後、インドのデリー大学へ留学しました。約4年間、南インドの古典声楽、特にカルナータカ音楽を本格的に学び、同大学の修士課程（声楽専攻）を修了しています。インドでの徹底した音楽実践と研究を経て帰国。

帰国後は、インド音楽の演奏活動を行う一方で、研究者としての活動も本格化させました。特に1988年には、日本のインド音楽研究における重要な拠点の一つであるインド音楽研究会の設立に大きく貢献しています。当初の音楽研究に加え、次第にジェンダー論やサバルタン研究といった社会学的な視点を取り入れ、インド近現代史研究へと関心領域を広げていきました。この学際的な関心の広がりが、その後の研究活動の特色となります。

さらなる学問的探求のため、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻の修士課程に入学し、その後博士課程に進みました。大学院在籍中に大東文化大学の助教授として教員の道に進み、博士課程は中途退学しました。しかし、研究活動は継続し、2005年には「近代インドにおける音楽学と芸能の変容」というテーマで東京大学から博士（学術）の学位を取得しました。この博士論文は、後の単著の基盤となっています。

現在は大東文化大学国際関係学部教授として、後進の指導にあたるとともに、自身の専門分野における研究を精力的に続けています。

井上貴子氏の業績は多岐にわたりますが、特に主要な著書として以下が挙げられます。

『近代インドにおける音楽学と芸能の変容』（青弓社、2006年）: 博士論文を基にした単著で、近代インドにおける音楽と芸能の変遷を学術的に深く掘り下げた労作です。
『ビートルズと旅するインド、芸能と神秘の世界』（柘植書房新社、2007年）: ポピュラー音楽とインド文化という異なる領域を結びつけ、ビートルズがインドに与えた文化的影響などを考察した単著です。
『ヴィジュアル系の時代―ロック・化粧・ジェンダー』（青弓社、2003年）: 共著として参加しており、日本のロック文化の一側面であるヴィジュアル系バンドを、ロック、化粧、ジェンダーという視点から分析しています。この著書は、氏のポピュラー音楽研究およびジェンダー論への関心を示しています。
『証言! 日本のロック70’s』シリーズ（アルテスパブリッシング、2009年）: 難波弘之氏との共編著として知られています。このシリーズは、日本の1970年代のロックシーンを彩ったミュージシャンたちの貴重な証言を収録したものです。井上氏自身も企画の中心人物の一人として、座談会形式の収録においてMC（司会）を務め、多くの関係者から興味深いエピソードや証言を引き出しました。日本のロック史研究においても重要な資料となっています。

これらの著作に加え、国内外の学術誌への論文発表や学会での発表も多数行っています。インド古典音楽から現代日本のポピュラー音楽、そして文化史やジェンダー論に至るまで、幅広い知識と独自の視点を持つ研究者として、音楽学および関連分野に貢献しています。

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