井下清

井下清：東京の緑を築き、後進を育てた造園家

日本の造園界において、東京の公園行政の基礎を築き、多大な業績を残した人物に井下清（1884-1973）がいます。彼は長く東京市の公園課長を務め、数多くの公園緑地を生み出しただけでなく、教育者としても多くの造園技術者を育てました。

京都に生まれた井下は、当初、陸軍軍医であった父の影響か、あるいは母方の縁戚に酒造家がいたことから、醸造の道を志していました。高等工業学校の選科生を経て東京高等農学校（現：東京農業大学）に入学しますが、夜学で通っていた英語学校で禁酒論に触れたことや、友人の影響もあって「酒造りは悪魔の業」と考えるようになり、幼少期から好きだった園芸へと進路を変更します。農学校卒業時には、家庭園芸に関する斬新なテーマの卒業論文が評価され、就職先として横浜植木からサンフランシスコ支店勤務の内定を得ます。しかし、その話を耳にした伯父から厳しく諭され、最終的には以前から話があった東京市の土木課公園掛に入庁することとなりました。

東京市に入ってからの井下は、長岡安平、本多静六、原煕といった当時の造園、林学、農学の大家たちの指導を受け、実務を通じて造園技術を習得していきます。公園の改良や緑地化事業に精力的に取り組み、1914年には東京高等造園学校の設立に協力し、そこで講師も務めました。1921年に技師となり、1923年には念願の公園課長に就任します。課長就任後には欧米各国の都市公園事業を調査するため海外出張も経験しました。

井下の名を広く知らしめた最大の功績の一つは、公園課長として関東大震災後の帝都復興事業における活躍です。彼は震災によって壊滅的な被害を受けた市街地に、復興の一環として52カ所もの市立公園を設計・建設しました。これらの小公園は、その後の全国各地の都市における小公園設計の範となるほど、斬新な意匠と機能性を兼ね備えていました。また、東京緑地計画の策定とその実現においても、市の幹部として中心的な役割を果たしました。

その後も、局長待遇の理事、内務省専門委員、公園部長、東京都制実施に伴う公園緑地課長といった要職を歴任しました。特に、数少ない勅任技師に任じられたことは、その技術と功績が高く評価されていたことを物語っています。1946年に定年により退職しますが、その後も精力的に活動を続けました。

公職を離れた後も、国土緑化推進委員会や首都緑化推進委員会の常任委員長として、日本の緑化事業に深く関わりました。また、母校である東京農業大学で教授を務め、大学評議員、理事、常務理事などの要職を歴任し、造園教育と大学運営に貢献しました。1951年に大学を定年退職した後も顧問として籍を置き、1971年には名誉農学博士号を授与されています。

井下の活動範囲は非常に多岐にわたります。彼は東京都の各種審議会委員や専門委員を長年務め、日本造園学会会長、東京都公園協会理事長、日本児童遊園協会理事長など、造園や公園に関わる主要な団体の長を歴任しました。さらに、郷土研究にも深い関心を持ち、人類学者の鳥居龍蔵らとともに武蔵野会を結成し、常任世話役として活動しました。各地の天然記念物保護運動にも尽力しています。

技術者としてだけでなく、優れた行政官としての手腕も発揮しました。東京の寄付公園や史蹟名勝庭園の受け入れ制度を整備し、行政・財政面で多くの事業を成功させました。公園事業の独立採算制を導入するなど、独自の理財感覚を持って新事業を推進しました。また、東京以外でも、新潟県の悠久山公園、宮城県の日和山公園、神戸市の須磨離宮、シアトル日本庭園など、全国各地や海外の公園・緑地計画に関与しています。墓苑計画においても、多磨霊園など東京の市立霊園の整備に携わったほか、京都市や神戸市の霊園計画にも助言を行いました。

普及啓蒙活動にも熱心でした。社会人園芸の振興のため、桜の会、梅の会、菊の会など様々な花卉関連団体を率先して設立しました。また、日本庭園協会や日本造園学会、東京高等造園学校といった、現在の日本の造園界の基盤となる団体の設立や発展に指導的役割を果たしました。造園事業を通じて、文化財保護や観光事業の振興にも貢献しています。

これらの幅広い活動と業績は高く評価され、1963年には藍綬褒章を、1964年には勲三等瑞宝章を受章しています。また、『公園の設計』や『建墓の研究』といった専門書も複数出版しており、その知識と経験を後世に伝えています。彼の墓所は、自身が整備に携わった多磨霊園にあります。

井下清は、行政官、技術者、教育者、そして社会活動家として、戦前戦後の日本の都市における緑地環境の整備と、それを担う人材育成に多大な貢献をした、まさに近代日本の造園界を代表する巨人といえるでしょう。

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