井口昭夫

観戦記者として囲碁・将棋界の記録を長年担った井口昭夫（いぐち あきお）は、1931年1月18日に兵庫県で生を受けました。その生涯は2008年5月8日に閉じられています。

学業では神戸市外国語大学にて学び、卒業後の1953年に毎日新聞社へ入社しました。報道機関の一員としてキャリアをスタートさせた井口氏は、主に学芸部においてその才能を発揮しました。学芸部副部長、学芸部編集専門委員といった要職を経て、1982年には編集委員に就任しています。

彼のキャリアにおいて特筆すべきは、囲碁・将棋担当記者としての約40年にも及ぶ活動期間です。この長い年月にわたり、井口氏は日本を代表する棋戦の最前線で筆を執り続けました。囲碁界においては伝統ある本因坊戦、そして将棋界においては最高峰とされる名人戦や、その時代を象徴する棋士たちが激突した王将戦など、数々の名勝負を丹念に取材し、観戦記として読者に届けたのです。

観戦記は単なる対局の結果報告に留まらず、盤上での思考の応酬、棋士たちの心理描写、局面に隠されたドラマを言語化する営みです。井口氏は約40年という長きにわたり、その技術を磨き、多くの読者に囲碁・将棋の奥深さや魅力を伝えてきました。彼の観戦記は、当時の棋戦の記録であると同時に、文化としての囲碁・将棋を後世に伝える貴重な資料ともなっています。

その功績は高く評価されており、いくつかの栄誉に輝いています。1989年には、将棋の観戦記や評論に光を当てることを目的として設立された将棋ペンクラブにおいて、第1回となる将棋ペンクラブ大賞の新聞観戦記部門を受賞しました。これは、観戦記者としての彼の筆力が、同業者や専門家からも認められたことを意味します。また、将棋界への貢献という側面では、将棋界の発展に特に顕著な貢献をした個人・団体に贈られる大山康晴賞を、2000年に第7回受賞者として受けています。この賞は、不滅の棋聖とうたわれた大山康晴十五世名人の偉業を記念して設けられたものであり、井口氏が観戦記者として将棋界全体に与えた影響の大きさを物語っています。

井口氏はまた、将棋ペンクラブの活動にも深く関与し、代表幹事（事務局長）という要職を務めました。これは、単に一記者として記事を書くだけでなく、文化の担い手として囲碁・将棋文化の振興にも尽力した姿勢を示しています。

観戦記の執筆に加え、囲碁や将棋に関する複数の著作も残しています。主なものとしては以下の通りです。

『日本囲碁大系 第16巻 秀甫 林海峰』（林裕総編集、1976年、筑摩書房） - 囲碁の歴史的な棋譜解説
『名人の譜大山康晴』（1992年、日本将棋連盟） - 大山康晴十五世名人の棋譜と生涯を追う
『本因坊名勝負物語』（1995年、三一書房） - 囲碁の本因坊戦における名勝負に焦点を当てる
『井口昭夫将棋観戦記選集』（上下巻、2009年、双峰社） - 没後に出版された観戦記の集大成

井口昭夫は、約40年にわたり囲碁・将棋の観戦記者として活躍し、数多くの名勝負を記録し、その魅力を読者に伝え続けた人物です。新聞記者としての確かな筆力と、棋界への深い敬愛をもって書かれた彼の観戦記や著作は、日本の囲碁・将棋史における貴重な財産として、今もその輝きを失っていません。第1回将棋ペンクラブ大賞や大山康晴賞といった受賞歴は、彼の観戦記者としての質の高さを証明するものであり、その生涯は、棋界の傍らで文化を支え続けた一人のジャーナリストの確固たる足跡を示していると言えるでしょう。

もう一度検索