井汲卓一

井汲卓一：激動の時代を生きた経済学者

井汲卓一(1901-1995)は、20世紀日本の経済学界に大きな足跡を残した経済学者です。東京経済大学学長を務めたことでも知られていますが、彼の名は、主に景気循環論と国家独占資本主義論への貢献によって、広く知られています。これらの独自の理論体系は「井汲理論」、あるいは今井則義氏の名を合わせて「今井・井汲理論」と呼ばれ、後の構造改革論の礎を築いたと評価されています。

学者としての歩み：激動の時代を生き抜く

滋賀県に生まれた井汲は、東京帝国大学文学部を卒業後、富山高等学校で教鞭を執りました。しかし、1927年の京大事件に連座し、同校を辞職せざるを得なくなります。その後、日本大学講師を経て、産業労働調査所の所員となりました。この時代は、日本の経済が大きく変動する激動の時代であり、井汲は政治的弾圧も経験します。1933年には産業労働調査所の「大弾圧」で逮捕され、1936年には治安維持法違反で懲役1年の判決を受けました。

戦時中は、理化学研究所系の企業で調査課長として勤務しました。理研には、大河内信威氏（小川信一氏）の配慮から左翼的な経歴を持つ人物が少なくない数採用されており、井汲もその一人でした。中国大陸への出張中に天然痘に罹患するなど、激動の時代を生き抜いた経験は、彼の思想形成に大きな影響を与えたと考えられます。

戦後、井汲は日産協や経団連事務局、国民経済研究会嘱託などを経て、1955年に高崎市立短期大学教授、1958年には東京経済大学教授に就任しました。1962年には九州大学より経済学博士号を取得し、1966年には東京経済大学経済学部長、1967年には学長に就任。その後、1976年まで3期9年に渡り学長職を務めました。1978年には、東京都社会民主連合の代表にも就任するなど、学界のみならず、社会活動にも積極的に携わっていました。

主要な業績と影響

井汲の研究は、戦後の日本経済の変動を深く分析したものでした。特に、景気循環のメカニズムに関する独自の理論は高く評価され、数々の著書に結実しました。『日本資本主義論』、『戦後恐慌論』、『戦後景気循環の研究』、『現代の資本主義』、『現代資本主義と景気循環』、『国家独占資本主義論』など、彼の著作は日本の経済学界に大きな影響を与え、現在でも研究者の間で参照されています。

井汲の理論は、国家による経済介入の役割や、資本主義の構造的矛盾といった問題に焦点を当てています。彼の著作は、戦後の高度経済成長期における日本の経済政策だけでなく、現代の経済問題を考える上でも、重要な示唆を与えてくれるでしょう。

まとめ

井汲卓一は、激動の時代を生き抜き、独自の経済理論を構築した重要な経済学者でした。彼の経験と業績は、現代の私たちに多くの示唆を与え続けています。彼の研究は、単なる学問的な成果にとどまらず、社会問題への深い洞察を示しており、その思想は、現代の経済問題を考える上で依然として大きな意義を持ち続けていると言えるでしょう。彼の生涯と業績は、今後の経済学研究にとっても重要な参考となることは間違いありません。

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