交響曲第6番 (ブルックナー)

アントン・ブルックナー 交響曲第6番イ長調 WAB 106：自然とドラマの交響楽

アントン・ブルックナーの交響曲第6番イ長調は、1879年9月から1881年9月にかけて作曲された、後期ロマン派を代表する交響曲の一つです。他のブルックナー作品に見られる頻繁な全休止（ブルックナー休止）が比較的少なく、各楽章が切れ目なく有機的に繋がっている点が大きな特徴と言えるでしょう。作曲者自身もこの作品を「大胆なスタイル」で書いたと評しており、ブルックナー独特の音楽語法と、新たな試みが融合した作品となっています。

作曲の経緯とインスピレーション

交響曲第6番の作曲は、1879年の8～9月頃に始まり、約2年後の1881年9月に完成しました。作曲期間中、ブルックナーは夏季休暇にスイスへ鉄道旅行に出かけ、雄大なモンブラン山脈の風景に心を奪われています。この経験が、交響曲に壮大な自然描写として反映されていると考えられています。ベートーヴェンの交響曲第6番『田園』を彷彿とさせる牧歌的な要素も持ち合わせていることから、「ブルックナーの田園交響曲」と呼ばれることもあります。しかし、全曲を貫くリズム動機や、ベートーヴェンにはない激しさや輝かしさは、交響曲第3番『英雄』や第7番にも通じるものがあり、どちらの側面を強調するかは指揮者の解釈に委ねられています。

波乱に満ちた初演の歴史

完成から約1年5ヶ月後の1883年2月11日、ウィーン楽友協会ホールで、ヴィルヘルム・ヤーン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団により、第2楽章と第3楽章のみが初演されました。この部分初演は成功を収めたものの、ブルックナーの宿敵であった音楽評論家エドゥアルト・ハンスリックからは酷評され、その後の演奏機会は激減。改訂されることもありませんでした。

ブルックナーは1896年に亡くなり、それから3年後、1899年2月26日、再びウィーン楽友協会ホールで、ブルックナーと親交の深かったグスタフ・マーラーがウィーン・フィルを指揮して、初めて全曲が演奏されました。しかし、「長すぎるため聴衆の理解が難しい」という理由から、大幅なカットとオーケストレーション変更が加えられたものでした。完全な形で全曲が演奏されたのは、それから2年後の1901年3月14日、シュトゥットガルト宮廷劇場でのカール・ポーリヒ指揮シュトゥットガルト宮廷楽団による演奏でした。この時、ブルックナーの死後5年が経過していました。日本初演は1955年3月15日、日比谷公会堂でのニクラウス・エッシュバッハー指揮NHK交響楽団による演奏でした。

楽器編成と演奏時間

標準的な管弦楽編成で演奏され、演奏時間は約55分です。

各楽章の構成

第1楽章 Maestoso (イ長調)：ソナタ形式。ヴァイオリンの付点リズムが特徴的で、力強い第1主題、抒情的な第2主題、そして荒々しい第3主題が展開されます。ブルックナー特有の複雑な展開部と再現部が融合し、壮大なスケールで展開していきます。

第2楽章 Adagio. Sehr feierlich (ヘ長調)：ソナタ形式。オーボエによる悲しげな第1主題、弦楽による慰めの第2主題、そして葬送行進曲風の第3主題が、深い悲しみと慰めを表現します。ブルックナーの緩徐楽章の中でも最も美しいものの1つとされています。

第3楽章 Scherzo. Nicht schnell － Trio. Langsam (イ短調)：複合三部形式。幻想的で変化に富んだ主部と、牧歌的な中間部が対照的に配置されています。中間部では、第5番交響曲の第1楽章の主題が引用されています。

第4楽章 Finale. Bewegt, doch nicht zu schnell (イ短調～イ長調)：ソナタ形式。不安げな旋律から始まり、力強い第1主題、舞曲風の第2主題、そして推進力のある第3主題が展開されます。ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』からの引用も含まれています。最終的にイ長調で力強く終結します。

楽譜について

ブルックナーの交響曲としては珍しく、改訂版が存在しません。ハース版(1937年)とノヴァーク版(1951年)はほぼ同一です。初版(1899年)は、ダイナミクスに関して原典版と若干の違いが見られますが、オーケストレーションに変更はありません。

ブルックナーの交響曲第6番は、自然の美しさ、人間ドラマの深み、そしてブルックナー独自の革新的な音楽語法が融合した、聴く者を圧倒する大作です。演奏機会は少ないものの、その魅力は多くの音楽愛好家を惹きつけ続けています。

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